非財務情報の充実と情報の結合性に関する考察~開示府令・記述原則・好事例集の分析等による説明 | 社外財務部長 原 一浩
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非財務情報の充実と情報の結合性に関する考察~開示府令・記述原則・好事例集の分析等による説明

非財務情報の充実と情報の結合性に関する考察~開示府令・記述原則・好事例集の分析等による説明

会計制度委員会研究資料第6号「非財務情報の充実と情報の結合性に関する実務を踏まえた考察」(以下、「研究資料」)が2021年 4 月15 日に日本公認会計士協会から公表されました。

 

その中から「規則やガイドライン等における結合性の説明」を見てみましょう。

 

1.ディスクロージャーワーキング・グループ報告による提言

 

2018年6月に金融審議会より公表された「ディスクロージャーワーキング・グループ報告~資本市場における好循環の実現に向けて~」(以下、「DWG」報告」)では、財務情報及び記述情報の開示は、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業の建設的な対話を促進することにより、経営の質を高め、企業が持続的に企業価値を向上させる観点から重要であるとされ、その中でも記述情報の開示の充実に向けて多くの提言がなされました。

 

(1)DWG報告は、企業情報における「結合性」の点について、日本企業の経営戦略に関する開示には、以下の課題があると指摘しています。

 

①全体として見ると、企業の中長期的なビジョンに関する具体的な記載が乏しい

 

②MD&Aやリスク情報との関連付けがない

 

(2)このように、開示実務の課題の1つとして、情報間の「結合性」の欠如が示唆されており、経営戦略、ビジネスモデルの開示において、DWG報告では、以下のような提言がされています。

 

①企業の目的と経営戦略、ビジネスモデルについて、取締役・経営陣が積極的に自らコミットしてその見解を示すことが必要であり、投資家が適切に理解することができるよう経営戦略の実施状況や今後の課題を示しながら、MD&AやKPI、リスク情報とも関連付けて、より具体的で充実した説明がなされるべきである。

 

②ビジネスモデルについて、企業がどのように事業を行い、どのように中長期的な価値創造に取り組んでいるのかを明確にするとともに、企業の目的や経営戦略と関連付けて説明し、投資家による経営戦略の適切性や実現可能性の考察に資するものとすべきである。

 

2.開示府令における「結合性」に関する要求事項

 

DWG報告の提言を受けて、2019年1月に開示府令が改正されました。

 

有価証券報告書の非財務情報における以下の項目について、情報間の「結合性」に関連する改正が行われています。

 

①経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 (開示府令第二号様式記載上の注意(30)b)

 

②事業等のリスク (開示府令第二号様式記載上の注意(31)a)

 

③経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (開示府令第二号様式 記載上の注意(32)e)

 

3.記述情報の開示に関する原則及び好事例集における結合性に関する内容

 

DWG報告を踏まえて、金融庁から記述原則及び好事例集が公表されています。

 

記述原則は、企業情報の開示の考え方、望ましい開示の内容や取組方法を示すものであり、開示書類の作成者が、この原則に沿った開示が実現しているか、自主的な点検を継続することを期待して、作成・公表されたものです。

 

さらに、開示に関するルールやプリンシプルベースのガイダンスの整備に加え、適切な開示の実務の積み上げを図る取組も必要と考えられることから、企業開示の好事例を全体に広げるための取組として、好事例集が公表され、継続的な更新が行われています。

 

(1)記述情報の開示に関する原則

 

①記述原則では、総論においては、記述情報全般に係る基本的な原則が説明されており、各論においては、記述情報のうち経営方針、リスク情報、MD&A等の記載項目ごとに基本的な考え方や望ましい開示の在り方、開示を改善するための取組について説明されています。

 

②結合性については、「「経営方針・経営戦略等」と「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」など、関連性のある記述情報については、例えば、一方の開示内容を他方の開示内容にも反映させるなど、記載を相互に関連付けることにより、全体としての企業の理解に資する記載とすることが望ましい。」といった記載があります。

 

(2)記述情報の開示の好事例集の分析

 

企業情報の開示の好事例を全体に広げることを目的として、2019年3月に金融庁から公表された好事例集は、2020年11月、2021年2月及び3月に事例の追加・公表が行われています。

各事例については、好事例として着目したポイントがコメントされており、どのような点を改善するべきなのか具体的に理解できるようになっています。

 

研究資料では、記述原則における開示方法の工夫と開示内容の充実という切り口から、好事例のコメントについて横断的に確認し、好事例においては、どのような情報が相互に結合されているのかという観点から分析が行われています。

 

①開示方法の工夫

 

開示方法の工夫に関連して、好事例とした理由のうち最も頻度が高かった上位5件は以下のようになっています。

 

順  位 好 事 例 と し た 理 由
1 具体的に説明している。
2 情報を関連付けて説明している。
3 経営者の視点で説明している。
4 図表を用いて分かりやすく説明している。
5 記載が簡潔である。

 

②情報の結合性

 

好事例として取り上げられたもののうち、情報の結合性の観点から評価されていた事例について確認しています。

相互に関連付けが行われている情報の組み合わせパターンのうち、最も頻度が高かった上位5件は以下のとおりです。

 

順  位 好 事 例 と し た 理 由
1 戦略・課題
2 経営環境・戦略
3 リスク・戦略
4 セグメント・リスク
5 経営環境・リスク

 

上位5件において、関連付けが行われている要素は、戦略、リスク、経営環境、課題、セグメントの5つであり、戦略とリスクの登場頻度が最も多く、この2つの要素が結合性を高める上での鍵になると考えられます。

 

4.情報の結合性に関する考察

 

研究資料では、企業情報開示において情報間の結合性がなぜ求められるのか、求められる結合性の側面を考察しています。

 

(1)情報開示における結合性の必要性

 

①企業の価値創造ストーリーの伝達

 

ⅰ)企業報告において、企業の価値創造ストーリーを伝達することの重要性の高まり

 

自社の強みや外部環境の変化の状況を踏まえ、将来に向けてどのような価値を創造し、どのように企業価値を高めていくか、リスクに対してどのように対処していくかといった未来志向の包括的な情報開示が求められています。

 

ⅱ)企業の価値創造ストーリーを効果的に伝達するためには、情報同士の結合性が重要

 

価値創造ストーリーの伝達においては、財務情報だけでなく、定性・定量的、多様な非財務情報の開示が必要と考えられます。非財務情報は、企業経営者による認識、意思、実績及び評価を表す情報から構成されます。

 

中長期的な視点で投資判断を行う投資家は、企業価値に影響する財務情報・非財務情報などの多様な要因を分析することによって、各種情報を一体的に活用しています。

言い換えれば、各情報は企業価値評価のためのインプット・ファクターであり、投資家にとって各情報の相互関係性の理解が重要となります。

 

②財務情報コンテクストの提供

 

ⅰ)財務情報と非財務情報

 

財務情報は、企業のビジネスモデルの構築、戦略の立案及び遂行、リスクへの対応といった一連の経営行動の帰結としてのある時点における結果を表すものであり、一方で、非財務情報は、財務情報のコンテクストを提供します。

 

利用者である投資家は、財務情報をそのまま利用するのではなく、ビジネスモデル、戦略、当年度に発生した事象や企業の経営行動や判断についての背景の理解に基づき、自らの企業価値評価モデルに活用します。

 

ⅱ)情報の相互一貫性

 

非財務情報のうち戦略やリスクといった将来志向の情報は、財務情報の先行情報としての性格を有しています。

企業が開示する財務情報の多くは過去の取引実績を基礎としますが、いわゆる会計上の見積りは、企業の将来業績に対する見通し及び不確実性に関する認識を反映しており、将来志向の情報としての性格も併せ持っています。

 

こうした将来見通しは、非財務情報として開示される経営環境認識、経営戦略及びリスク認識を基礎とするものであり、相互一貫性が求められます。

 

③KPIによる多角的実績の提示

 

ⅰ)財務・非財務指標、業績評価指標(KPI)の重要性の高まり

 

以前から、財務諸表とMD&Aの結合性は求められてきていますが、MD&Aにおいては財務だけでなく非財務業績も含めた分析、評価、考察に関する情報開示が求められるようになっています。

 

さらに、財務KPIやNon-GAAP指標の開示が広がる中、これらの数値情報の信頼性確保と一貫した開示を担保する観点から、監査済み財務諸表との整合性を確保するとともに相互関連性を説明することの重要性が増しています。

 

ⅱ)業績連動型報酬

 

経営者や取締役へのインセンティブの観点から、役員報酬がどのように設計されているかについて投資家からの関心が高まっていますが、業績連動型の報酬を採用している場合、特に財務・非財務に関する業績を表すKPIとどのように関連しているかが重要な情報となっています。

 

(2)結合性強化のための枠組み

 

こうした情報の結合性に対する要請を踏まえ、企業報告の側面から結合性を高めるための枠組みを整理しています。

 

①ビジネスモデルと経営戦略を軸とする結合性

 

企業の価値創造ストーリーを伝達する観点から、企業のビジネスモデルと経営戦略を軸とする情報の体系化が求められます。

価値創造の基盤となるものがビジネスモデルであり、当該ビジネスモデルの実現可能性を評価する観点から、特に、資源配分と資本調達に関する戦略が重視されます。

 

経営環境認識、リスク認識、業績等に関する情報は、こうしたビジネスモデル及び戦略の背景や結果情報として位置付けることができます。

 

経営研究調査会研究報告第59号「長期的視点に立った投資家行動に有用な企業報告〜非財務情報に焦点を当てた検討〜」では、長期的視点の投資家行動に有用な企業報告を実現する観点から、開示情報が企業価値の財務的評価につながる情報となっていることの重要性を指摘しています。

以下の4点を重要ポイントとして挙げています。

 

(ⅰ)生産性、成長性及びリスク評価に資する開示、

(ⅱ)企業の将来像(ビジョン、ビジネスモデル)と背景要因の提示、

(ⅲ)現在と将来をつなぐ「戦略」(資源配分の方針及び計画)の開示及び

(ⅳ)資本政策の説明

 

②情報の要素・項目間の結合性

 

多種多様な情報が開示されるようになっている開示実務においては、情報の要素・項目間での結合性が求められます。

 

(ⅰ)企業が目指すビジネスモデルやリスク認識は、企業の現在から将来にわたっての外部環境及びその変化に関する認識を基礎とするものでなければならなりません。

 

(ⅱ)MD&Aとして開示される業績評価のための情報は、財務・非財務に関する業績を説明するものであるため、KPIとの結合性はもとより、報告対象期間における外部環境や戦略の進埗に関する認識と評価を踏まえたものである必要があります。

 

③財務情報と非財務情報の結合性

 

企業の価値創造ストーリーを伝達する観点から、ビジネスモデル、戦略、リスクに関して、財務情報と非財務情報を組み合わせて効果的に説明することが求められます。

 

経営環境の見通し、将来のビジネスモデル、中長期戦略、リスク認識に関する情報は、将来の財務的な価値につながる財務先行情報としての性格を有しています。

 

財務報告における会計上の見積りは、こうした将来志向の情報を基礎とするものであり、情報の時間軸を考慮しつつ、財務・非財務情報の結合性を高めていくことが重要となります。

 

あわせて、財務情報のコンテクストを表すという非財務情報の性格から、現在の外部環境、戦略(進行中の中期計画など)、MD&A、非財務KPIについては、財務実績と整合的かつ適切に関連付けされた開示が求められます。

 

④定量KPI (評価)と定性記述の結合性

 

戦略の進埗状況や業績を表すKPIについては、実績数値だけでなく、当該実績及びその背景にある要因に関しての経営者による分析、評価を提示することによって、情報利用者が戦略の進涉や業績に対する深い理解を獲得し、自らの評価に反映する際の手助けとなります。

 

(ⅰ)企業情報開示においてMD&Aとして説明が求められてきた内容ですが、財務業績だけでなく、非財務面の実績を表すKPIについても、分析の対象を拡張することが必要となります。

 

(ⅱ)戦略等に関する定性的な記述においても、過去の実績情報や定量的なデータを基礎とすることで、その説得力を高めることにもつながります。

 

(ⅲ)近年、取締役等に対するインセンティブとしての有効性を説明する観点から、こうした業績と役員報酬がどのように関連付けられているかの説明が重要となっています。

役員報酬におけるKPI実績との連動性について制度設計の背景にある考え方と当年度実績の説明が求められます。

 

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