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財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準の改訂

「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について」が2023年4月7日 に企業会計審議会より公表されました。

 

1.改訂の経緯

 

「内部統制報告制度」は、2008年4月1日開始する事業年度から適用され、一定の効果がありましたが、以下の点が指摘されています。

 

(1)内部統制の評価範囲外で開示すべき重要な不備が明らかになる事例などにより経営者が財務報告の信頼性に及ぼす影響に重要性を適切に考慮していないのではないか等の内部統制報告制度の実効性に関する懸念があること

 

(2)国際的な内部統制の枠組みについて2013年5月にCOSOの内部統制の基本的枠組みに関する報告書が改訂されましたが、我が国の内部統制報告制度ではこれらの改訂が行われていないこと

 

このような状況を踏まえ、高品質な会計監査を実施するための環境整備の視点から、内部統制報告制度の在り方に関して、内部統制の実効性向上を図る観点から審議・検討が行われ、今回の改訂となりました。

 

2.主な改訂点とその考え方

 

(1)内部統制の基本的枠組み

 

内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT (情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成されます。

 

① 「報告の信頼性」への変更

 

サステナビリティ等の非財務情報に係る開示の進展やCOSO報告書の改訂を踏まえ、内部統制の目的の一つである「財務報告の信頼性」を「報告の信頼性」とすることとしています。

 

報告の信頼性とは、「組織内及び組織の外部への報告(非財務情報を含む。)の信頼性を確保することをいう。」と定義しています。

 

「報告の信頼性には、財務報告の信頼性が含まれる。財務報告の信頼性は、財務諸表及び財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性のある情報の信頼性を確保することをいう。」としています。

 

➁ 内部統制の基本的要素に関する追記・明記

 

a)「リスクの評価と対応」

 

「リスクの評価と対応」においては、COSO報告書の改訂を踏まえ、リスクを評価するに際し不正に関するリスクについて考慮することの重要性や考慮すべき事項を明示しています。

 

b)「情報と伝達」

 

「情報と伝達」については、大量の情報を扱う状況等において、情報の信頼性の確保におけるシステムが有効に機能することの重要性を記載しています。

 

c)「ITへの対応」

 

「ITへの対応」では、I Tの委託業務に係る統制の重要性が増していること、サイバーリスクの高まり等を踏まえた情報システムに係るセキュリティの確保が重要であることを記載しています。

 

③ 「経営者による内部統制の無効化」に対する内部統制の例示

 

内部統制を無視又は無効ならしめる行為に対する、組織内の全社的又は業務プロセスにおける適切な内部統制の例を示しています。

 

④ 「内部統制に関係を有する者の役割と責任」の記載

 

a)監査役等

 

監査役等については、内部監査人や監査人等との連携、能動的な情報入手の重要性等を記載しています。

 

b)内部監査人

 

内部監査人については、熟達した専門的能力と専門職としての正当な注意をもって職責を全うすること、取締役会及び監査役等への報告経路も確保すること等の重要性を記載しています。

 

⑤ 「内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理」の例示

内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理は一体的に整備及び運用されることの重要性を明らかにし、これらの体制整備の考え方として、3線モデル等を例示しています。

 

(2)財務報告に係る内部統制の評価及び報告

 

① 経営者による内部統制の評価範囲の決定

 

a)評価範囲

 

経営者が内部統制の評価範囲を決定するに当たって、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性を適切に考慮すべきことを改めて強調するため、評価範囲の検討における留意点を明確化しています。

 

具体的には、評価対象とする重要な事業拠点や業務プロセスを選定する指標について、例示されている「売上高等のおおむね3分の2」や「売上、売掛金及び棚卸資産の3勘定」を機械的に適用すべきでないことを記載しています。

 

評価範囲に含まれない期間の長さを適切に考慮するとともに、開示すべき重要な不備が識別された場合には、当該開示すべき重要な不備が識別された時点を含む計期間の評価範囲に含めることが適切であることを明確化しています。

 

評価対象に追加すべき業務プロセスについては、検討に当たって留意すべき業務プロセスの例示等を追加しています。

 

b)監査人との協議

 

評価範囲に関する監査人との協議について、評価範囲の決定は経営者が行うものですが、監査人による指導的機能の発揮の一環として、当該協議を、内部統制の評価の計画段階及び状況の変化等があった場合において、必要に応じ、実施することが適切であることを明確化しています。

 

➁ ITを利用した内部統制の評価

 

ITを利用した内部統制の評価について留意すべき事項を記載しています。

 

この評価 に関して、一定の頻度で実施することについては、経営者は、IT環境の変化を踏まえて慎重に判断し、必要に応じて監査人と協議して行うべきであり、特定の年数を機械的に適用すべきものではないことを明確化しています。

 

③ 財務報告に係る内部統制の報告

 

内部統制報告書において、記載すべき事項を明示しています。

 

経営者による内部統制の評価の範囲について、重要な事業拠点の選定において利用した指標とその一定割合等の決定の判断事由等について記載することが適切であるとしています。

 

また、前年度に開示すべき重要な不備を報告した場合における当該開示すべき重要な不備に対する是正状況を付記事項に記載すべき項目として追加しています。

 

(3)財務報告に係る内部統制の監査

 

① 監査人

 

監査人は、実効的な内部統制監査を実施するために、財務諸表監査の実施過程において入手している監査証拠の活用や経営者との適切な協議を行うことが重要であるとしています。

 

監査人は、経営者による内部統制の評価範囲の妥当性を検討するに当たっては、財務諸表監査の実施過程において入手している監査証拠も必要に応じて、活用することを明確化しています。

 

➁ 経営者との協議

 

評価範囲に関する経営者との協議については、内部統制の評価の計画段階、状況の変化等があった場合において、必要に応じて、実施することが適切であるとしつつ、監査人は独立監査人としての独立性の確保を図ることが求められることを明確化しています。

 

③ 内部統制の不備

 

監査人が財務諸表監査の過程で、経営者による内部統制評価の範囲外から内部統制の不備を識別した場合には、内部統制報告制度における内部統制の評価範囲及び評価に及ぼす影響を十分に考慮するとともに、必要に応じて、経営者と協議することが適切であるとしています。

 

3 内部統制報告書の訂正時の対応

 

近年、開示すべき重要な不備が当初の内部統制報告書においてではなく、後日、内部統制報告書の訂正によって報告される事例や、経営者による内部統制の評価範囲外から当該不備が識別される事例が一定程度見受けられます。

 

また、訂正内部統制報告書においては、現在、当該不備が当初の内部統制報告書において報告されなかった理由、及び当該不備の是正状況等についての記載は求められていません。

 

こうしたことから、事後的に内部統制の有効性の評価が訂正される際には、訂正の理由が十分開示されることが重要であり、訂正内部統制報告書において、具体的な訂正の経緯や理由等の開示を求めるために、関係法令について所要の整備を行うことが適当であるとしています。

 

4 適用時期等

 

(1)改訂基準及び改訂実施基準は、2024年4月1日以後開始する事業年度における財務報告に係る内部統制の評価及び監査から適用します。

 

なお、改訂基準及び改訂実施基準を適用するに当たり、関係法令等において、基準・実施基準の改訂に伴う所要の整備を行うことが適当であるとしています。

 

(2)改訂基準及び改訂実施基準を実務に適用するに当たって必要となる内部統制監査の実務の指針については、日本公認会計士協会において、関係者とも協議の上、 適切な手続の下で、早急に作成されることを要請しています。

 

サステナビリティ情報等を中心とした企業のディスクロージャーへの対応

1.はじめに

 

2022年6月に公表された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告(以下「WG報告」)において、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」、「コーポレートガバナンスに関する開示」などに関して、制度整備を行うべきとの提言がなされました。
当該提言等を踏まえ、有価証券報告書及び有価証券届出書(以下「有価証券報告書等」)の記載事項について、2023年1月31日付で「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正され、公布・実施されました。
なお、同日付けで「記述情報の開示の好事例集2022」が公表されています。好事例集では、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」、「人的資本、多様性に関する開示」等の参考となる開示例が掲載されています。

 

・金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告の概要(2022年6月公表)

金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループは、サステナビリティとコーポレートガバナンスについて非財務情報開示の充実を図ることにしています。

 

 

・サステナビリティ開示に対する対応

 

 

・サステナビリティ開示の概観

 

 

・金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告を踏まえた内閣府令改正の概要

 

 

2.サステナビリティ情報の「記載欄」の新設に係る改正の内容

 

 

 

(1)サステナビリティに関する企業の取組みの開示

 

①サステナビリティ全般に関する開示

 

ア)サステナビリティ情報の「記載欄」の新設

(企業内容等の開示に関する内閣府令(以下「開示府令」)第二号様式「第二部 第2【事業の状況】」及び同様式記載上の注意「(30-2)サステナビリティに関する考え方及び取組」等)

 

有価証券報告書等に、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、「ガバナンス」及び「リスク管理」については、必須記載事項とし、「戦略」及び「指標及び目標」については、重要性に応じて記載を求めることとされました。

また、サステナビリティ情報を有価証券報告書等の他の箇所に含めて記載した場合には、サステナビリティ情報の「記載欄」において当該他の箇所の記載を参照できることとされています。

 

イ)将来情報の記述と虚偽記載の責任及び他の公表書類の参照

(企業内容等の開示に関する留意事項について(以下「開示ガイドライン」))

 

将来情報について、一般的に合理的と考えられる範囲で具体的な説明が記載されている場合には、有価証券届出書に記載した将来情報と実際に生じた結果が異なる場合であっても、直ちに虚偽記載等の責任を負うものではないと考えられることが明確化されました。

また、当該説明を記載するに当たっては、例えば、当該将来情報について社内で合理的な根拠に基づく適切な検討を経たものである場合には、その旨と検討された内容(例えば、当該将来情報を記載するに当たり前提とされた事実、仮定及び推論過程)の概要をともに記載することが考えられるとしています。

サステナビリティ情報や取締役会等の活動状況の記載については、有価証券届出書に記載すべき重要な事項を記載した上で、その詳細な情報について、他の公表書類を参照することとし、また、他の公表書類に明らかに重要な虚偽があることを知りながら参照する等、当該他の公表書類の参照自体が有価証券届出書の重要な虚偽記載等になり得る場合を除けば、単に参照先の書類の虚偽表示等をもって直ちに虚偽記載等の責任を問われるものではないことを明確化しています。

 

➁人的資本、多様性に関する開示

(開示府令第二号様式 記載上の注意「(29) 従業員の状況」、「(30-2)サステナビリティに関する考え方及び取組」及び開示ガイドライン)

 

人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等について、必須記載事項とされ、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において記載を求めることとされています。

また、提出会社やその連結子会社が女性活躍推進法等に基づき、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」を公表する場合には、公表するこれらの指標について、有価証券報告書等においても記載を求めています。

なお、これらの指標を記載するに当たって任意で追加的な情報を記載することが可能であること、サステナビリティ記載欄の「指標及び目標」における実績値にこれらの指標の記載は省略可能であること、男女間賃金格差及び男性育児休業取得率を記載するに当たって注記すべき内容について、開示ガイドラインにおいて明確化することとします。

 

③サステナビリティ情報の開示における考え方及び望ましい開示に向けた取組み

(「記述情報の開示に関する原則」)

 

WG報告で提言されたサステナビリティ情報の開示についての期待等を踏まえて、サステナビリティ情報の開示における考え方及び望ましい開示に向けた取組みを取りまとめています。

 

主な内容は、以下のとおりです。

・「戦略」と「指標及び目標」について、各企業が重要性を判断した上で記載しないこととした場合でも、当該判断やその根拠の開示が期待されること

・気候変動対応が重要である場合、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」の枠で開示することとすべきであり、GHG排出量について、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、Scope1・Scope2のGHG排出量については、積極的な開示が期待されること

・「女性管理職比率」等の多様性に関する指標について、連結グループにおける会社ごとの指標の記載に加えて、連結ベースの開示に努めるべきであること

サステナビリティ情報については、現在、国内外において、開示の基準策定やその活用の動きが急速に進んでいる状況であるため、サステナビリティ情報の開示における「重要性(マテリアリティ)」の考え方を含めて、今後、国内外の動向も踏まえつつ、本原則の改訂を行うことを予定しています。

 

(2)コーポレートガバナンスに関する開示

(第二号様式 記載上の注意「(54)コーポレート・ガバナンスの概要」、「(56)監査の状況」及び「(58)株式の保有状況」 等)

 

取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況(開催頻度、具体的な検討内容、出席状況)、内部監査の実効性(デュアルレポーティングの有無等)及び政策保有株式の発行会社との業務提携等の概要について、記載を求めることとしています。

なお、WG報告の提言のうち、「重要な契約」の開示については、引き続き具体的な検討が必要なため、別途改正を行うこととしています。

 

3.公布・施行日等

 

本改正に係る内閣府令は、2023年1月31日付で公布・施行されます。
改正後の規定は、以下のとおり適用されます。

 

・令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます
※ただし、施行日以後に提出される有価証券報告書等から早期適用は可能です

 

「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告~中長期的な企業価値向上に向けて

2022年6月13日に金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループは、中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて、以下の検討結果を公表しました。

 

・サステナビリティに関する企業の取組の開示

・コーポレートガバナンスに関する開示

・四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング

・その他の開示に関する個別課題

 

 

Ⅰ サステナビリティに関する企業の取組の開示

 

1.サステナビリティ全般に関する開示

 

(1)国内外の状況を踏まえ、サステナビリティの開示に向けた検討を行うにあたり、以下の点を求めています。

 

① 有価証券報告書における開示

 

ⅰ) 投資家にわかりやすく投資判断に必要な情報を提供する観点から、有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」を新設すべきとしています。

 

ⅱ) 「記載欄」において開示する内容

 

国際的な比較可能性の観点から「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示が適切としています。

 

自社の業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、「ガバナンス」と「リスク管理」はすべての企業が開示するとし、「戦略」と「指標と目標」は、重要性を判断して開示するとしています。

 

② 国内の体制整備

 

2021年12月に設置されたSSBJに対して、我が国におけるサステナビリティ開示基準の策定において中心的な役割を果たすことを期待しています。

 

③ 任意開示の促進

 

上場企業では、サステナビリティに関する取り組みとその開示が急速に進んでおり、SSBJの取組への適切な反映や好事例を広げる取組が重要であるとしています。

 

(2)サステナビリティ開示に関する留意事項

 

① 将来情報の記述と虚偽記載の責任

内閣府改正の際に「一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、有価証券報告書提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられることが明らかである」としています。

この考え方の実務への浸透と企業内容等開示ガイドライン等において更なる明確化を検討すべきとしています。

 

② 任意開示書類の参照

有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の「記載欄」への記載について、任意開示書類を参照した場合の虚偽記載の責任の缶挙げ方に好いては、整理が必要としています。

また、有価証券報告書に内を記載し、何を参照するかについては、具体的に事例を積み上げながら検討していくことが考えられるとしています。

 

③ 法定開示と任意開示の公表時期

有価証券報告書と任意開示書類では、公表時期に差があることに留意が必要としています。

将来的には、サステナビリティ情報が記載された書類の公表時期をそろえていくことが重要であり、実務的な検討や環境整備を行っていくことが考えられるとしています。

 

2.気候変動対応に関する開示

 

ISSBの気候関連開示基準の策定へ積極的に参画し、日本の意見が取り込まれた国際基準の実現を目指すことが望ましいとしています。

 

現時点では、有価証券報告書に設けるサステナビリティ情報の「記載欄」において、企業が業態や経営環境を踏まえ、気候変動対応が重要であると判断する場合、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の枠で開示することとすべきであるとしています。

 

3.人的資本、多様性に関する開示

 

現時点において、多くの国際的なサステナビリティ開示のフレームワークで開示項目となっており、米国ではSEC規則の改訂もあり、多様性に関する取り組みを含めた人的資本の開示が進んでいます。

 

こうしたことを踏まえ、我が国においても、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、人的資本や多様性に関する情報について以下の対応をすべきであるとしています。

 

(1) 中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた、「人材育成方針」や「社内環境整備方針」について、有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とする

 

(2) それぞれの企業の事情に応じ、上記の方針と整合的で測定可能な指標の設定、その目標及び進捗状況について、同「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とする

 

(3) 女性管理職比率、男性の育児休暇取得率、男女間賃金格差について、中小期的な企業価値判断に必要な項目として、有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とする。

 

なお、女性活躍推進法、育児・介護休業法等の他の法律の枠組みで上記項目の公表を行っていまい企業についても、有価証券報告書で開示することが望ましいとしています。

 

4.今後の課題

 

以下の点を挙げています。

 

(1) サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の役割の明確化

 

(2) サステナビリティ情報に関する信頼性確保

 

(3) IFRS財団アジア・オセアニアオフィスのサポート

 

Ⅱ コーポレートガバナンスに関する開示

 

1.取締役会、指名委員会・報酬委員会の活動状況

 

指名委員会・報酬委員会を設置する企業は増加しています。

コーポレートガバナンス・コードの再改訂により取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置し、適切な関与・助言を得るべきであるとされました。

現状の有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書の開示状況等を踏まえ、取締役会、委員会等の活動状況のを「記載欄」有価証券報告書に設けるべきとしています。

 

「記載欄」には、監査役会等の活動状況の開示と同様に、まず、「開催頻度」、「主な検討事項」、「個々の構成員の出席状況」を記載項目とすべきであるとしています。

 

2.監査の信頼性確保に関する開示

 

監査の信頼性確保に関する開示は有価証券報告書における監査役会との活動状況の開示やKAMの導入、コーポレートガバナンス・コードにおける内部監査部門と取締役会・監査役会との連携確保などの対応がされてきました。

 

有価証券報告書の枠組みの中で、以下の開示が望ましいとしています。

 

(1) 監査役又は監査委員会・監査等委員会の委員長の視点による監査の状況の認識と監査役会等の活動状況の説明

 

(2)KAMについての監査役等の検討内余

 

(3) さらに、有価証券報告書において、「デュアルレポーティングラインの有無を含む内部監査の実効性の説明」を開示項目とすべきとしています。

 

3.政策保有株式等に関する開示

 

政策保有株式の発行会社と業務提携等を行っている場合の説明については、有価証券報告書の開示項目とすべきとしています。

また、「純投資目的」の保有株式についても、適切な開示に向けた取り組みを進めることを期待しています。

 

 

Ⅲ 四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング

 

1.四半期開示

 

(1)ワーキング・グループでは、四半期開示のあり方について改めて点検を行っています。

 

① 中長期的な視点に立った企業経営と四半期開示の関係

② 主要国の資本市場における四半期開示の状況

③ 四半期開示と投資家に対する適時で正確な情報提供の関係

 

(2) 四半期開示に関する実証研究

 

資本市場への影響、投資行動への影響等についての実証研究の結果、四半期開示と経営の短期主義との関係は必ずしも明確ではないとしています。

 

(3) 四半期開示見直しの方向性

 

開示実務を見ると、四半期報告書と四半期決算短信では、内容面の重複や開示タイミングの近接が指摘されており、両者の「一本化」を通じたコスト削減や開示の効率化が可能であると考えられるとしています。

また、開示のタイミング、投資家の利用実態等を踏まえ、四半期決算短信への「一本化」が適当であるとしています。

 

具体的には、法令上の第1・第3四半期の四半期開示義務の廃止、取引所の規則に基づく四半期決算短信への「一本化」が適切としています。

 

(4)「一本化」の具体化に向けた検討課題

 

以下の課題に関する検討が必要としています。

 

① 四半期決算短信の義務付けの有無

② 四半期決算短信の開示内容

③ 四半期決算短信の虚偽記載に関するエンフォースメントの手段

④ 四半期決算短信に対する監査法人によるレビューの必要性

⑤ 第1・第3四半期報告書廃止後に上場会社が提出する「半期報告書」に対する監査法人の保証のあり方

 

2. 適時開示の在り方

 

取引所において適時開示の促進を検討すべきであるとともにエンフォースメントの在り方についても整理が期待されるとしています。

 

3.有価証券報告書の株主総会前提出

 

株主総会直後に有価証券報告書が提出される例が多いが、開示実務を見ると有価証券報告書の作成を株主総会前におおむね終了していると見込まれることから、十分に早い時期でなくても株主総会前に有価証券報告書を提出する取り組みを期待しています。

 

4.重要情報の公表タイミング

 

重要情報の公表タイミングは前回の指摘から進んでおらず、速やかな開示を促す取り組みを進めるべきであるとしています。

 

Ⅳ その他の開示に関する個別課題

 

1.重要な契約の開示

 

前回の指摘から重要な契約に関する開示に状況が大きく変わっていない状況から、個別分野における「重要な契約」について、開示すべき契約の類型や求められる開示内容を明らかにすることで適切な開示を促すとしています。

 

(1) 企業・株主間のガバナンスに関する合意

(2) 企業・株主間の株主保有株式の処分・買い増し等に関する合意

(3) ローンと社債に付される財務上の制約

 

2.英文開示

 

決算短信・株主総会招集通知の英文開示は進んでいるが、有価証券報告書の英文開示を実施している企業は少数にとどまっている。

プライム市場に上場する企業は積極的に有価証券報告書の英文開示を行うことを期待しています。

英文開示にあたっては、利用ニーズの高い項目について、英文開示を行うことが重要であり、新たに「記載欄」を設けるサステナビリティ情報についても英文開示が期待されるとしています。

 

3.有価証券報告書とコーポレートガバナンス報告書の記載事項の関係

 

金融商品取引法に基づく有価証券報告書と取引所規則に基づくコーポレートガバナンス報告書は、両者の開示について内容の重複が指摘されています。

それぞれの特徴や開示すステムの利便性を踏まえて、例えば、取締役会、委員会等の活動状況については、以下の対応が考えられるとしています。

 

(1) 有価証券報告書:提出前1年間の「基本的な活動状況」を記載

(2) コーポレートガバナンス報告書:必要に応じて、より具体的な活動内容や有価証券報告書提出後の活動状況について記載

 

IFRS財団によるIFRSサステナビリティ開示基準公開草案の公表

1. 国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立

 

投資家のサステナビリティ情報を含む非財務情報へのニーズの高まりを受け、、IFRS財団(以下、財団)は2020年9月及び2021年4月にそれぞれ「サステナビリティ報告に関する協議ペーパー」と「IFRS財団定款の的を絞った修正案」を公表し、利害関係者からコメントを募集しました。

 

コメントでは、以下の項目についての対応が求められました。

 

① 国際的に一貫し、比較可能なサステナビリティ報告が緊急に必要であること

 

② IFRS財団が関連基準の設定において主導的な役割を果たすべきという幅広い要望があり迅速な行動が求められていること

 

これを受けて、IFRS財団評議員会(以下、評議員会)は2021年11月3日、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において、資本市場向けのサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを開発するために国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立を公表しました。

 

同時に、2つの基準原案(プロトタイプ)や他の基準設定機関との統合も公表しています。

 

ISSBは、評議員会の下部組織として、国際会計基準審議会(以下、IASB)と並列した位置付けになります。

 

2.IFRSサステナビリティ開示基準の開発

 

ISSBが設定する基準は、IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS Sustainability Disclosure Standards)とされ、IASBが設定する基準は、IFRS会計基準(IFRS Accounting Standards)と呼ばれることになります。

 

財団は、ISSBの基盤作りのため、技術的準備ワーキング・グループ(以下、TRWG)を設立しています。

 

TRWGは、金融安定理事会による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、バリュー・レポーティング財団(VRF)、気候変動開示基準委員会(CDSB)、世界経済フォーラム(WEF)、国際会計基準審議会(IASB)のメンバーによって構成されています。

 

3.グローバル機関との連携

 

ISSBは、基準の開発や適用を迅速に進めるため、さまざまなグローバル機関と連携することとしています。

 

(1) VRF及びCDSBとの統合

 

TRWGメンバーの構成組織であるバリュー・レポーティング財団(VRF)と気候変動開示基準委員会(CDSB)が2022年6月までにISSBに統合される予定です。

VRFは、国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が統合された組織です。

 

(2) IASBとの連携

 

ISSBは、IASBと緊密に連携し、IFRS会計基準とIFRSサステナビリティ開示基準との結び付き及び比較可能性を確実なものにすることとしています。

 

(3) その他のグローバル機関との連携

 

証券監督者国際機構(IOSCO)は、財団のモニタリング・ボードにおける議長として基準設定活動を独立して監視していくほか、IFRSサステナビリティ開示基準の基準草案を詳細に評価し、各国の規制当局が基準の批准をスムーズに実施するための基盤作りを担うと考えられています。

 

4.国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の公開草案公表

 

(1)基準書案の公開協議

 

2022年3月31日、ISSBは、2つの基準書案に関する公開協議を開始しました。

 

1つは、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項を定めるもので、もう1つは、気候関連開示の要求事項を定めるものです。

 

① 全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項の公開草案は、投資家が企業の企業価値を評価するために必要な、企業の重大なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要性がある情報の開示に係る要求事項を定めています。

本公開草案は、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する企業からの情報の改善を求めるG20首脳や証券監督者国際機構(IOSCO)などからの要請を受けて開発されたものです。

 

② 気候関連開示の要求事項の公開草案は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき、SASBスタンダードから派生した産業別開示の要求事項を取り入れたものです。

 

③ ISSBが最終的な要求事項を公表した時点で、これらの要求事項は、投資家が企業価値を評価する際の情報ニーズを満たすように設計されたサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを形成することになります。

ISSBは、グローバル・ベースラインを各法域の要求事項に取り込むことを支援するため、他の国際機関や各法域と緊密に連携しています。

 

(2)今後のスケジュール

 

① 公開草案

 

ISSBは、2022年7月29日を期限とする120日間の公開協議期間を通じて、本公開草案に関するフィードバックを求めています。

2022年後半に本提案に関するフィードバックを検討し、フィードバックに応じて、2022年末までに新しい基準を公表することを目指しています。

 

2022年終盤に、ISSB は基準設定の優先順位について公開協議を行う予定です。

この公開協議では、企業価値を評価する際の投資家のサステナビリティ関連情報のニーズや、幅広いサステナビリティ事項を扱うSASBスタンダードに基づく産業別要求事項の追加的な開発に関するフィードバックを求めることが予定されています。

 

② その他の動き

 

また、ISSBは2022年3月31日、SASBスタンダードと産業別の基準設定プロセスをどのように基礎としていくかに関する計画に着手しました。

 

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいた4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標)について開示することが求められます。

 

なお、TRWGは基準を「全般的要求事項」「テーマ別要求事項」「産業別要求事項」の3つで構成することを提案しています。

 

気候関連開示の要求事項はこの「テーマ別要求事項」に該当します。

 

TRWGによると、テーマが資本市場に認知され、産業横断的な指標が実行可能であり利用可能等の要件を満たすことで、今後新たなテーマが設定されることが提案されています。

 

5.全般的要求事項

 

(1) 目 的

 

「全般的要求事項」の目的は、一般目的財務報告の利用者が企業に経済的資源を提供すべきか否かに関する意思決定を行う際に有用となるサステナビリティ関連リスク及び機会に対する企業のエクスポージャーに関する全ての重要性のある(Material)情報の提供を企業に求めることです。

 

ここでの情報提供は、あくまで経済的意思決定に資する情報提供であり、企業価値評価のための情報開示にフォーカスしています。

 

(2)  重要性

 

「重要性のある」情報とは、情報が省略されたり誤表示されたり脱漏されたりした場合に、利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される情報であるとされています。

 

また、重要性は情報が関連する項目の性質や規模に基づき企業固有のものであるという側面があり、基準案では重要性の閾値について明示されていません。

 

(3) 4つのコアとなる要素

 

IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認める又は要求する場合を除き、ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標について開示することが求められます。

 

このアプローチは、IFRS財団が昨年公表した協議文書において求めた利害関係者からの意見を反映し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいたものです。

Exposure Draft-Snapshot より抜粋

 

(4) 参照する基準

 

指標を含む重要なサステナビリティ関連リスク又は機会に関する開示を特定するためには、関連するIFRSサステナビリティ開示基準を参照します。

 

特定のサステナビリティ関連事項に具体的に適用されるIFRSサステナビリティ開示基準が存在しない場合、経営者には目的適合性を有する開示を識別するための判断が求められます。

 

この判断を行うに当たり、IFRSサステナビリティ開示基準の要求事項と矛盾しない範囲で、産業に基づく米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の基準、ISSBの強制力は持たないガイダンス及びその他の基準設定主体の直近の基準等の文書に含まれる開示トピックに関連する指標を考慮することになります。

 

6.気候関連開示の要求事項

 

(1) 目 的

 

「気候関連開示の要求事項」の目的は、利用者が次のことを可能にするために、気候関連リスク及び機会についてのエクスポージャーに関する情報を企業に提供するよう求めることです。

 

・重要な気候関連リスク及び機会が企業価値に及ぼす影響を評価すること

 

・企業の資源利用並びにそれに対応するインプット、活動、アウトプット及び成果が、重要な気候関連のリスク及び機会を管理するための企業の対応及び戦略をどのようにサポートするかを理解すること

 

・計画、ビジネス・モデル及び事業を重大な気候関連リスク及び機会に適応させる能力を評価すること

 

(2) 4つのコアとなる要素

 

「気候関連開示の要求事項」では、気候関連財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD)の提言に由来する以下で示す4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)に沿った目的適合性を有する情報の開示を求めています。

 

① ガバナンス

 

ガバナンスとは、「気候関連リスク及び機会をモニタリングして管理するために企業が用いるガバナンス・プロセス、統制及び手続」をいいます。

 

公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。

例えば、気候関連リスク及び機会を監督する組織が、企業戦略、主要な取引の意思決定及びリスク管理方針を監督する際に気候関連リスク及び機会をどのように考慮しているかについて開示することが求められています。

 

② 戦 略

 

戦略とは、「短期、中期及び長期にわたって企業のビジネス・モデル及び戦略を改善する、阻害する又は変更する気候関連リスク及び機会」をいいます。

 

・気候関連リスク及び機会に関する情報の経営者の戦略及び意思決定に及ぼす影響

 

・気候関連リスク及び機会がビジネス・モデルに現時点で及ぼしている影響及び今後及ぼすと見込まれる影響

 

・短期、中期及び長期にわたって、企業のビジネス・モデル、戦略及びキャッシュ・フロー、資金へのアクセス及び資本コストに影響を及ぼすと合理的に見込まれる気候関連リスク及び機会の影響

 

・気候関連リスクに対する企業戦略(ビジネス・モデルを含む)のレジリエンス

 

③ リスク管理

 

リスク管理とは、「気候関連リスクが企業によりどのように識別、評価、管理及び軽減されているか」をいいます。

 

公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。

例えば、リスク管理目的のために気候関連リスクを識別するためのプロセス(例えば、他の種類のリスクと比較して気候関連リスクをどのように優先順位付けしているか)について開示が求められています。

 

④ 指標及び目標値

 

指標及び目標値とは、「気候関連リスク及び機会の業績及び成果に関する企業の取り組みを管理・モニタリングするために使用される指標及び目標値」をいいます。

 

これには、業績目標の達成度合いを測定するために企業が用いる、定性的開示及び目標を裏付ける測定値が含まれます。

 

企業は、産業横断的な及び産業固有の指標を開示することが求められます。

さらに、企業は指標を選択及び開示するに当たり、それらの金額と付随する財務諸表で認識・開示される金額との関係を検討しなければなりません。

経営者の報酬としてのストック・オプション~その考え方、発行手続き、税務の取扱~

 

コーポレート・ガバナンスコードでは、経営者の報酬について、以下のように定めています。

 

【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】

取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。

また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである

 

補充原則

4-2① 取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

これを受けて、経営陣に対する中長期的なインセンティブとしてのストック・オプション制度を導入する会社が増加しています。

 

1.新株予約権とストック・オプションの定義

 

(1)新株予約権

 

・新株予約権を発行した会社から

・あらかじめ定められた条件で

・株式を取得できる権利(行使するかどうかの選択可)

 

(2)ストック・オプション(狭義)

 

・会社が、

・使用人や役員等(以下従業員等)に

・労働の対価(報酬)として付与する

・新株予約権

 

(3)ストック・オプション(広義)

 

・会社が、

・財貨またはサービスの対価として付与する

・新株予約権

 

2.役員報酬としてのストック・オプション

 

(1)ストック・オプションの類型

 

ストック・オプションには、取得の際に、払い込みを要するか否かで無償型と有償型があります。

 

① 無償型の類型

 

無償型とは取得に際し従業員等が金銭の払い込みを要しないものをいいます。

 

ア) 株価連動型(通常型)

 

業績を意識した追加報酬制度をとる場合などで、行使価格は、付与時の株価以上に設定される場合が多くなっています。

中長期的に企業価値を向上させ、株価が上昇することにより、報酬を得ることになります。

株価が行使価格を下回る場合には、報酬を得ることはできません。

 

イ) 金銭報酬代替型(株式報酬型)

 

役員退職慰労金の代わりに発行する場合などで、行使価格は通常1円に設定されます。

行使すれば、通常は、報酬を得ることができます。

 

② 有償型

 

対価を支払い、ストック・オプションを取得します。通常、ストック・オプションの時価相当額を支払います。

行使価格は、通常、発行時の株価と同程度に設定されます。

株価が、行使価格と取得対価の合計額を上回れば、報酬を得ることになります。

 

3.新株予約権に関する会計基準

 

新株予約権に関する会計処理は、新株予約権の内容により、適用される会計基準が異なります。

 

(1)無償ストック・オプション

 

ストック・オプション等に関する会計基準

 

(2)有償ストック・オプション

 

従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い

 

(3)ストック・オプション以外の新株予約権

 

払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理

 

4.リストリクテッド・ストック

 

(1)定義

 

従業員等に対して、自社株式が無償で付与されますが、一定期間その株式の処分、売却が制限される株式をいいます。

 

譲渡制限中は、株式の譲渡ができないことから優秀な役員等を確保できる効果があることや、株価上昇のインセンティブがあることが、メリットとなります。

 

(2)法整備の内容

 

① 会社法

 

金銭の報酬債権を現物出資することによる株式の発行が可能です。

 

② 税法

 

「特定譲渡制限付き株式」と定義し、付与された個人は、譲渡制限解除の日の株価で課税されます。

 

③ 金融商品取引法

 

総額1億円以上の付与を行う場合には、原則として、有価証券届出書の提出が必要です。

 

5.各種株式報酬の比較

 

株価向上のインセンティブを与える手段としてストック・オプションとリストリクテッド・ストックを見てきましたが、株価と報酬の観点から、相違点として以下の点が挙げられます。

 

リストリクテッド・ストック株価水準により報酬額は増減しますが、報酬がゼロになることはありません。

しかし、ストック・オプションは、株価が権利行使価格を下回ると、行使できずに報酬はゼロになります。

 

 

6.ストック・オプション発行の手続き

 

ストック・オプションの発行は、既存株主に不利益が発生する可能性があります。

会社法では、ストック・オプションを発行する手続きを定めています。

 

(1)有利発行

 

有利発行とは、新株予約権という権利を公正価値より低い対価で取得させることをいいます。

 

(2)公開会社

 

会社法上の公開会社とは、株式の譲渡を行うときに会社の承認を要する旨を定款で定めていない会社です。

 

(3)発行手続き

 

① 公開会社かつ有利発行の場合

 

有利発行は、既存株主に希薄化の不利益を生じさせることから、株主総会の特別決議によって、募集条件等が承認される必要があります。

 

 

② 公開会社かつ有利発行でない場合

 

取締役会決議で発行できます。

 

③ 非公開会社

 

有利発行か否かにかかわらず、株主総会の特別決議が必要になります。

 

7.個人に関するストック・オプションの税務

 

(1)税制適格ストック・オプションとは

 

ストック・オプションの権利行使時には、権利行使の払込資金に加え、納税資金の負担が必要になるため、税制の優遇措置があります。

 

優遇措置を受けるには、一定の適格要件を満たす必要があり、適格要件を満たしたものを、税制適格ストック・オプションといい、適格要件を満たしていないものを税制非適格ストック・オプションといいます。

 

(2)税制適格ストック・オプションの優遇措置

 

① 課税が株式売却時まで繰り延べられる。

 

② 課税は、給与所得ではなく、株式の譲渡所得として行われる。

給与所得は総合課税、株式の譲渡所得は分離課税なので、所得が高い場合には、分離課税の方が有利になります。

 

(3)税制適格の要件

 

① 発行形態

 

・無償で発行されている

・他者への譲渡を禁止している

 

② 行使価額の制限

 

・年間権利行使価額の総額が1,200万円以下

・権利行使価額は、契約締結時の株式時価以上

 

③ 行使期間の制限

 

・ストック・オプションの権利付与決議の日から2年を経過した日か10年を経過する日まで間のみ行使可能

 

④ 権利付与対象者の制限

 

・発行会社・その子会社等の取締役・使用人等であること

大口株主及び監査役は、対象者から除かれています。

 

⑤ 税務の手続き

 

・「新株予約権の付与に関する調書」を当該ストック・オプションを付与した日の属する年の翌年1月31日までに税務署に提出

 

(4)個人が新株予約権を取得した場合の課税関係のまとめ

 

 

 

固定資産の減損会計基準と「会計上の見積りの開示に関する会計基準」との関係

2021年3月期から「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、見積開示会計基準)が原則適用となりました。

 

見積開示会計基準においては、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目について、当該見積りの内容の理解に資する情報が開示されることになりました。

 

見積り項目の代表的なものの一つである固定資産の減損について、見積開示基準との関係を見ていきます。

 

1 会計上の見積りと注記内容

 

(1)会計上の見積りの定義

 

会計上の見積りとは、資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいうとされています。

 

(2)開示対象

 

見積開示会計基準に基づく開示対象として、当年度の財務諸表に計上した金額が会計上の見積りによるもののうち、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクがある項目を識別することとされています。

識別された項目については、下記(3)の事項を注記することとされています。

 

(3)注記内容

 

・識別した項目について、会計上の見積もりの内容を表す項目名

・当年度の財務委諸表に計上した金額

・会計上の見積もりの内容について財務諸表利用者の理解に資するその他の情報

 

その他の情報の例示:

・当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法

・当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定

・翌年度の財務諸表に与える影響

 

2 固定資産の減損会計における見積要素

 

(1)固定資産の減損の定義

 

固定資産の減損とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった状態をいいます。

 

(2)減損処理とは

 

減損処理とは、減損の状態になった場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理です。

 

具体的な会計処理の流れは以下のようになります。

 

①資産のグルーピングを行った上で

 

②減損の兆候の有無を判定します

 

兆候がある場合には

 

③減損損失の認識要否の判定を行います

 

認識する必要がある場合には

 

④減損損失の測定を行います

 

これらの過程では、さまざまな見積りの要素や判断を要する事項が含まれています。

 

(3)資産のグルーピング

 

① 定義

 

資産のグルーピングとは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位であるとされています。

 

② グルーピングの判断

 

どのような資産グループを一つのグループとするかを判断する必要があります。

この点、実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになると考えられます。

 

グルーピングの方法によっては、減損損失の要否の判断又は減損額の結果が異なる場合が考えられます。

従って、資産のグルーピングも減損に係る見積りを行う前提として、重要な判断要素であると考えられます。

 

(4)減損の兆候の判定

 

減損の兆候の有無によって、減損会計の次のステップである減損損失の認識要否の判定に進むかどうか決まるため、兆候の有無の判定についても重要な判断要素であると考えられます。

 

減損の兆候については、減損適用指針12項から15項に例示されており、個々の企業の状況に応じて判断する必要があります。

 

例えば、「経営環境の著しい悪化」については、材料価格の高騰や製品販売量の著しい減少が続いているような市場環境の著しい悪化が示されていますが、多数の事業を営んでいたり、複数の地域で営業したりしている場合には、それらの判断はより複雑なものになると考えられます。

 

(5)主要な資産の決定

 

主要な資産とは、資産グループの将来キャッシュ・フロー生成能力にとって最も重要な構成資産をいいます。

 

主要な資産を決定するにあたって、

 

①当該資産を必要とせずに資産グループの他の構成資産を取得するかどうか

 

②企業は、当該資産を物理的及び経済的に容易に取り替えないかどうか

 

といった要素も含めて総合的に判断する必要があります。

 

例えば、土地を主要な資産とした場合には、機械装置等を主要な資産とした場合に比べて、その将来キャッシュ・フローを見積る期間はより長くなり、割引前将来キャッシュ・フローに基づき減損の認識要否を判定する際に、認識不要とされる可能性が高くなり、減損損失が計上されない、又は減損損失の金額が小さくなるという可能性も考えられます。

 

従って、主要な資産の決定も重要な判断要素になります。

 

(6) 割引前将来キャッシュ・フローの算定

 

減損の兆候がある資産又は資産グループについて、当該資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額がこれらの帳簿価額を下回る場合には、減損損失を認識することになります。

 

そのため、割引前将来キャッシュ・フローは減損会計の見積り要素の中でも重要な要素になります。

 

割引前将来キャッシュ・フローは、将来のキャッシュ・フローのことであり、将来の予測であるため、見積りの要素が多分に入ります。

 

将来キャッシュ・フローは、取締役会等の承認を得た中長期計画の前提となった数値を、経営環境などの企業の外部要因に関する情報や企業が用いている内部の情報と整合的に修正し、各資産又は資産グループの現在の使用状況や合理的な使用計画等を考慮して見積ることになります。

 

収益面では、会社の属する業界の市場成長率及び当該市場における会社の市場シェア率、受注予測などが見積りの前提になることも考えられます。

 

コスト面では、製造業などでは、原材料価格の変動予測を織り込んでいたり、製造プロセス見直しによる歩留り率の改善を見込んでいたりするなど、変動費率の見積りにもさまざまな仮定が織り込まれていると考えられます。

 

また、固定費、運転資本増減額、設備投資額についても何らかの仮定を置いて見積られているものと考えられます。

 

さらに、中長期計画等は一定の期間までしか策定されていないため、それ以降の期間のキャッシュ・フローについても、成長率等の一定の仮定を置いて見積る必要があります。

 

このように将来キャッシュ・フローはさまざまな見積要素が含まれています。

 

(7)正味売却価額の算定

 

減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについては、帳簿価額を回収可能価額、すなわち、正味売却価額と使用価値のいずれか高い方の金額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することになります。

 

正味売却価額とは資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算定される金額のことです。

 

土地や建物の時価については、実務では不動産鑑定評価をとることがあると思われますが、不動産鑑定評価額の算定に用いられた評価手法及び比準価格等の主要な査定項目における仮定の適切性について確認しておく必要があると考えられます。

 

(8) 使用価値の算定

 

使用価値とは、資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値とされています。

 

将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引く際、その割引率が高いほど現在価値を小さくするという影響があります。そのため、割引率も減損会計の見積要素の中でも重要な要素になります。

 

将来キャッシュ・フローが見積値から乖離するリスクについては、実務上、割引率に反映させる場合が多く、この場合に使用価値の算定に際して用いられる割引率は、貨幣の時間価値と将来キャッシュ・フローがその見積値から乖離するリスクの両方を反映することになります。

 

その際に、企業における資産グループ固有のリスクを反映した収益率や、加重平均資本コストなどを総合的に勘案して見積られているかどうかがポイントになります。

 

3 KAMとの関係

 

監査上の主要な検討事項(KAM)とは、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項であり、KAMでは、「関連する財務諸表における注記事項がある場合は、当該注記事項への参照」や「当該事項をKAMに決定した理由」などの記載が求められます。

 

このように、関連する財務諸表における注記事項がある場合には、その注記事項への参照も記載することとされており、監基報701A41項において、企業が会計上の見積りに関してより具体的な注記を行っている場合には、KAMに該当すると判断した理由及び監査上の対応を説明するために、監査人は主要な仮定、見込まれる結果の範囲、見積りの不確実性の主な原因等の注記事項に言及することがあるとされています。

 

また、監基報701第8項において、KAM決定の際の考慮要因の一つに、「見積りの不確実性の程度が高い会計上の見積りを含む、経営者の重要な判断を伴う財務諸表の領域に関連する監査人の重要な判断」が挙げられていることなどから、見積開示会計基準に基づいて識別された固定資産の減損に関する項目がKAMとなるケースがみられます。

 

固定資産の減損会計はKAMにおいてもさまざまな記載がなされており、監査人がどのような点を監査上の重要なポイントであると考えているかについても念頭に置いた上で、固定資産の減損会計における見積りや判断について検討することが有用であると考えられます。

 

重要な会計方針の注記及び収益認識に関する会計基準で要求される注記の内容と両者の関係及び留意点

2022年1月31日に日本公認会計士協会は、「収益認識に関する会計基準」の開示(表示及び注記事項)に関する理解を深めることを目的として、基礎的な論点について図表等を用いて解説する資料を取りまとめた「Q&A 収益認識の開示に関する基本論点」を作成し、公表しました。

 

この中から、「4.重要な会計方針」及び「5.収益認識に関する注記」について、見てみましょう。

 

1.重要な会計方針における注記

 

(1)注記項目

 

収益認識に関する会計基準では、以下の事項を重要な会計方針として注記することになっています。

 

①企業の主要な事業における主な履行義務の内容

 

②企業が当該履行義務を充足する通常の時点

 

③上記以外にも、重要な会計方針に含まれると判断した内容については、重要な会計方針として注記します。

 

(2)重要な会計方針の注記と収益認識に関する注記の関係

 

① 企業会計原則注解

 

重要な会計方針の注記について、企業会計原則注解(注1-2)においては、「財務諸表には、重要な会計方針を注記しなければならない。会計方針とは、企業が損益計算書及び貸借対照表の作成に当たって、その財政状態及び経営成績を正しく示すために採用した会計処理の原則及び手続並びに表示の方法をいう。」とされています。

 

② 会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準

 

会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準第4-2項では「重要な会計方針に関する注記の開示目的は、財務諸表を作成するための基礎となる事項を財務諸表利用者が理解するために、採用した会計処理の原則及び手続の概要を示すことにある。」とされています。

この開示目的に照らして、重要な会計方針を記載することになります。

 

 

③収益認識に関する会計基準

 

収益基準においては、「企業の主要な事業における主な履行義務の内容」及び「企業が当該履行義務を充足する通常の時点(収益を認識する通常の時点)」について、会計方針に含めて記載することにより、財務諸表利用者の収益に対する理解可能性を高めるために最も有用となると考えられるため、それらについて重要な会計方針として注記することとされています。

 

ただし、重要な会計方針として注記する内容は、上記の二つの項目に限定することを意図して定めているものではなく、これら二つの項目以外にも、重要な会計方針に含まれると判断した内容については、重要な会計方針として注記することとされています。

 

また、収益認識に関する注記においても、収益を理解するための基礎となる情報として、契約及び履行義務に関する情報や履行義務の充足時点に関する情報を注記することが求められています。

 

ただし、重要な会計方針として注記している内容は、収益認識に関する注記として記載しないことができるとされています。

 

2.収益認識に関する注記

 

(1)収益認識に関する注記の開示目的

 

収益認識に関する注記における開示目的は、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性を財務諸表利用者が理解できるようにするための十分な情報を企業が開示することです。

収益認識に関する注記の記載に当たっては、個々の開示要求に対する形式的な対応にとどまらず、関連する開示が全体として開示目的を達成するための十分な情報となっているかを検討することが必要です

 

(2)注記内容

 

この開示目的を達成するため、収益認識に関する注記として、次の項目を注記します。 詳しくは、後述しています。

 

・収益の分解情報

・収益を理解するための基礎となる情報

・当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報

(会計基準第80-4項、第80-5項)

 

(3)全般的な留意事項

 

金融庁から令和2年度有価証券報告書レビューの審査結果を踏まえた留意事項の一つとしてのIFRS第15号に関する事項では以下のような内容が公表されており、我が国の「収益認識に関する会計基準」の適用準備中の会社にも参考になると考えられるとされています。

 

出典:「令和2年度 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項」(金融庁)

 

① 一貫性のある開示

 

個々の開示内容は基準に従った開示と考えられる一方、項目間の関係性を読み取れない事例が見られた。個々の開示要求に対する形式的な対応にとどまらず、関連する開示が全体として開示目的を達成するための十分な情報となっているかを検討することが求められます。

 

(改善の余地があると考えられる例)

 

・履行義務に関する情報の説明と収益の分解に関する情報の区分が異なるもの。

・履行義務に関する情報とそれが契約残高に与える影響の関係性が明確ではないもの。また、どの履行義務と関連する契約残高であるかが明確ではないもの。

 

② 開示の要否の判断

 

以下のような理由により、基準で求められている開示を省略する事例が見られました。

しかし、これらは開示を省略する理由として適切ではないと考えられます。

 

・特殊な履行義務ではないため

・業界慣行に従い処理しているため

 

③ 重要性の判断

 

重要性の判断は開示目的とともに考慮するべきであり、重要性がないとして要求されている開示を省略する際には、その省略によって開示目的に必要な情報の理解も困難になっていないかどうか検討することが求められます。

 

また、重要性が乏しい事項について、開示されている定量的情報等からその旨を読み取ることができない場合は、重要性が乏しいことがわかるように簡潔な説明を加えることも有用と考えられます。

 

(2)収益認識に関する注記の開示項目

 

開示目的を達成するため、収益認識に関する注記として、次の項目を注記します。

 

① 収益認識に関する注記の開示項目

 

(a)収益の分解情報

 

(b)収益を理解するための基礎となる情報

 

ア.契約及び履行義務に関する情報

イ.取引価格の算定に関する情報

ウ.履行義務への配分額の算定に関する情報

エ.履行義務の充足時点に関する情報

オ.本会計基準の適用における重要な判断

 

(c)当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報

 

ア.契約資産及び契約負債の残高等

イ.残存履行義務に配分した取引価格

 

ただし、上記の項目のうち、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められる注記事項については、記載しないことができるとされています。

 

また、開示目的に照らして重要性に乏しいと認められるか否かの判断は、定量的な要因と定性的な要因の両方を考慮する必要があり、その際、定量的な要因のみで判断した場合に重要性がないとは言えない場合であっても、開示目的に照らして重要性に乏しいと判断される場合もあると考えられるとされています。

 

また、収益認識に関する注記を記載するにあたり、どの注記事項にどの程度の重点を置くべきか、また、どの程度詳細に記載するのかを開示目的に照らして判断することとされており、重要性に乏しい詳細な情報を大量に記載したり、特徴が大きく異なる項目を合算したりすることにより有用な情報が不明瞭とならないように、注記は集約又は分解することが求められています。

 

このほか、収益基準では、以下のような定めがあり、収益認識に関する注記の記載に当たって留意することが必要です。

 

② 収益認識に関する注記の記載に当たっての留意事項

 

・収益認識に関する注記を記載するにあたり、本会計基準において示す注記事項の区分に従って注記事項を記載する必要はありません。

 

・重要な会計方針として注記している内容は、収益認識に関する注記として記載しないことができます。

 

・収益認識に関する注記として記載する内容について、財務諸表における他の注記事項に含めて記載している場合には、当該他の注記事項を参照することができます。

 

3. 注記の要否、重要性の判断などに関する留意点

 

(1) 重要な会計方針の注記

 

「履行義務を充足する通常の時点」と「収益を認識する通常の時点」は通常同じですが、出荷基準等に関する代替的な取扱い(収益認識適用指針第98項)を適用した場合などにはそれらが異なることになり、この場合には「収益を認識する通常の時点」を記載する点に留意が必要です。

 

(2) 収益認識に関する注記

 

① 開示目的に照らした開示の要否や詳細さの検討

 

重要性がないとして要求される項目を省略する場合には、省略することにより開示目的の達成に必要な情報の理解が困難になっていないかどうか、財務諸表利用者の視点で判断する必要があります。

 

特殊な履行義務ではない、業界慣行に従った処理であるということは、基準で求められる注記を省略する理由としては適切ではないとされています。

 

なお、重要性の判断により注記を省略する場合には、重要性が乏しいことが分かるような説明をすることが有用と考えられます。

 

② 有報レビューの結果を踏まえた留意点

 

有報レビューの結果、重要な会計方針として記載した事項を含め以下の指摘がされており、注記の検討にあたり留意すべきと考えられます。

 

・主要な履行義務の内容、充足時期は、企業特有の内容を反映して具体的に説明する。

 

・特にサービスの提供や一定の期間にわたり充足する履行義務はさまざまな類型の契約が存在すると考えられるため、詳細に説明する。

 

・どの履行義務が代理人として行動しているのかを明確に説明する。

 

・重要な金融要素や変動対価について重要性がない、該当がないとして記載しない場合にもその旨を簡潔に説明する。

 

・残存履行義務に配分した取引価格に関して、いつ収益として認識すると見込んでいるかについて、定性的情報を使用した方法で説明する場合でも、財務諸表利用者の将来予測に資する詳細さで情報を提供する。

 

4. 開示間の整合性に関する留意点

 

収益認識に関する注記が開示目的を達成するためには、個々の項目が会計基準に従っているのみならず、関連する項目全体として十分かつ一貫性のある開示が必要です。

 

具体的な留意点は以下のとおりです。

 

(1) 収益の分解情報とその他の開示との整合性

 

収益の分解情報は、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に分解することが求められます。

 

例えば、事業別かつ履行義務の充足時期別に分解情報を記載した場合には、重要な会計方針においてそれぞれの事業に対応する履行義務の内容及び充足時期の説明を行うなどの整合が図られる必要があります。

 

また、セグメント情報で開示される売上高との関係を理解するための説明の十分性や非財務情報との整合性にも留意が必要です。

 

(2) 当期及び翌期以降の収益の金額を理解するための情報とその他の開示との整合性

 

契約資産及び契約負債に重要性があるとして残高を注記する場合には、「重要な会計方針」や「収益を理解するための基礎となる情報」において契約資産や契約負債が生じる取引内容を記述するなどの整合を図る必要があります。

 

また、「重要な会計方針」や「収益を理解するための基礎となる情報」で主要な履行義務の未充足部分に言及した場合には、残存履行義務に配分した取引価格の注記を行うなどの整合を図ることにも留意が必要です。

 

(3) 重要な会計方針の注記、収益認識に関する注記と会計上の見積りの開示との整合性

 

重要な会計方針や収益認識に関する注記において、変動対価や履行義務の充足に係る進捗度の見積りなど会計上の見積りに関連する記載を行う場合には、重要な会計上の見積りに関する注記への記載の要否や記載する場合の内容の整合性に留意が必要です。

 

 

2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が始まります

コーポレートガバナンス・コードが改訂され、プライム市場に上場する企業は2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に相当する気候関連財務情報の開示が求められます。

 

1. コーポレートガバナンス・コードの改訂

 

(1)改訂の趣旨

 

スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは適時にフォローアップされており、2020年のスチュワードシップ・コード改訂に続き、2021年はコーポレートガバナンス・コードが改訂され、サステナビリティ対応の開示が追加されました。

 

「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(2021年4月6日)では、以下のように述べています。

 

「3.サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組み」

~略~

加えて、投資家と企業の間のサステナビリティに関する建設的な対話を促進する観点からは、サステナビリティに関する開示が行われることが重要である。特に、気候変動に関する開示については、現時点において、TCFD提言が国際的に確立された開示の枠組みとなっている。また、国際会計基準の設定主体であるIFRS財団において、TCFDの枠組みにも拠りつつ、気候変動を含むサステナビリティに関する統一的な開示の枠組みを策定する動きが進められている。

 

比較可能で整合性の取れた気候変動に関する開示の枠組みの策定に向け、我が国もこうした動きに積極的に参画することが求められる。今後、I FRS財団におけるサステナビリティ開示の統一的な枠組みがTCFDの枠組みにも拠りつつ策定された場合には、これがTCFD提言と同等の枠組みに該当するものとなることが期待される。

~略~

 

(2)改訂内容

 

今回の改訂で注目される点は、サステナビリティ対応の開示です。

「我が国企業においては、サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応を一層進めていくことが重要である」との基本原則に続いて、「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(株式会社東京証券取引所、2021年)では、「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである」との原則が示されました。

 

プライム市場上場企業に対して、気候変動について自社に及ぼす影響を分析し、TCFDまたは同等の情報を開示することを求めています。

 

(3)具体的な記載内容

 

【原則3-1.情報開示の充実】

~略~

(ⅱ) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針

~略~

 

補充原則

~略~

3-1③上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

 

2.TCFDの概要

 

(1) TCFDとは

 

2015年12月に採択されたパリ協定を受け、温室効果ガスの排出量削減と低炭素社会への移行など、気候変動に対する取組みが世界中で進んでおり、気候変動問題は企業の事業活動に多大な影響を与える可能性があります。

しかし、「気候関連財務情報開示に関するガイダンス2.0」では、「足元、企業に求める気候変動の影響に関する情報開示の程度は十分ではなく、金融機関は気候変動関連のリスクと機会を企業の戦略や財務計画と関連づけて理解できない状況」であるとしており、「その結果、将来、資産価値の大幅な急変が生じることにより、金融安定性が損なわれるリスクがあるとの懸念」が「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言(最終報告書)」において示されています。

 

それに対応して、G20財務大臣および中央銀行総裁の指示により、金融安定理事会(FSB)は、投資家、金融機関等が企業の気候関連問題を評価するのに必要とする情報を明らかにできるよう、2015年12月に民間主導の「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を設置しました。

 

金融界の気候変動への危機感から立ち上がったTCFDは、気候変動に対してレジリエントな経営の実践と開示を企業に要求しています。

 

(2) TCFDの提言内容

 

TCFDの提言の要素は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つであり、11の項目の情報開示を推奨しています。

TCFDが提言および推奨する開示は<表1>の通りです。

 

中でも、情報開示で重要なものの一つとして、戦略の項目において「2℃以下のシナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、企業の戦略におけるレジリエンスについて説明する」ことが挙げられます。

 

長期的で不確実な経営課題である気候変動によるリスクおよび機会に対して、企業の経営戦略がどのように変化し得るかについて情報開示することは、企業の気候変動に対するレジリエンスを評価する上での重要なステップであると考えられるからです。

 

 

3.TCFDの進め方

 

(1) TCFDが提唱する気候関連リスク・機会の開示

 

TCFD提言では、気候変動によるリスクおよび機会が企業にもたらす財務的影響についての情報開示を求めています。

 

気候関連のリスクは移行リスクと物理的リスクに大別されます。

 

移行リスクには、脱炭素経済への移行に関して生じる政策遂行、技術の陳腐化、マーケットの変化やレピュテーションリスクがあります。

物理的リスクには台風や異常気象など資産の毀損などの急性リスクと平均気温の上昇や海面上昇などの慢性リスクがあります。

 

また、気候変動に関連したビジネスの機会として、資源やエネルギー源の効率的な利用によるコスト削減や低炭素製品やサービス需要増加による売上増加、新規市場の拡大やレジリエンス計画による市場価値向上などを例示しています。

 

さらに、エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食糧・林業製品の4つのセクターを気候変動の影響を強く受けるセクターとして、推奨する開示項目を補助ガイダンスで明らかにしています。

 

(2)TCFDのシナリオ分析ステップと検討のポイント

 

TCFD提言では、企業の気候関連問題に対するレジリエンスを評価するためシナリオ分析の実施を推奨しています。

TCFDはシナリオ分析の解説書であるTCFD Technical Supplementを公表し、下記の通り6つの検討ステップに沿って進めることを推奨しています。

 

① Step1:ガバナンスの整備

シナリオ分析にあたっては、経営層の理解を獲得し、事業部を巻き込んだ体制を構築し、分析の対象範囲(地域、事業、企業)を特定し、時間軸を決めます。

 

② Step2:リスク重要度の評価

企業が直面する気候変動リスクと機会を列挙した上で、起こり得る事業インパクトを定性化します。リスク重要度の評価はセクター別、サプライチェーン別に細分化して評価することが有用です。

 

③ Step3:シナリオ群の定義

企業に関連する移行リスクと物理的リスクを包含した複数のシナリオを想定し、いかなるシナリオと世界観が企業にとって適切かを検討します。

 

④ Step4:事業インパクト評価

それぞれのシナリオが企業の戦略的・財務的ポジションに対して与え得る影響を評価し、感度分析を行います。事業インパクトを試算するためのロジックを作ることが重要です。

 

⑤ Step5:対応策の定義

事業インパクトの大きいリスク・機会について、自社対応状況を把握し、必要があれば競合他社の対応状況の確認の上、適用可能で現実的な選択肢を特定します。

 

⑥ Step6:文書化と情報開示

TCFD提言の開示推奨項目におけるシナリオ分析の位置付けや、各ステップの検討結果につき、読み手の視点に立って適切に開示し、企業価値向上につなげることが重要です。

 

4.今後の見通し

 

プライム市場上場企業の多くは、これまでにTCFDに相当する情報開示をしていませんでした。

そうした事情やコーポレートガバナンス・コードが原則主義であることから、「コーポレートガバナンス・コードの全原則適用に係る対応について」 (株式会社東京証券取引所2021年7月21日 更新)では、「TCFD…(中略)…における項目を全て開示しなくとも、自社に必要と考えられる項目から順次開示の取組みを進めていただくことで差し支えありません」としています。

 

しかし、すでに欧州では、欧州委員会が、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に関する提案を2021年4月21日に公表し、企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)案が示され、一定のサステナビリティ情報の開示と保証の義務化が志向されています。

 

さらに、IFRS財団では国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を2021年11月に設置し、今後できるだけ早い段階で国際的に統一された気候関連情報開示基準が示されることが期待されています。

 

わが国においても、コーポレートガバナンス・レポートではなく有価証券報告書における開示の義務化を金融庁が検討しています。

また、公益財団法人財務会計基準機構は、2021年12月17日に開催した理事会において、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の設立を決議し、また、SSBJ 設立準備委員会の設置並びにSSBJ設立準備委員会の委員及び委員長の選任を決議しています。

 

こうした潮流を念頭に置きますと、TCFDは単なる情報開示ではなく気候変動経営に直結するテーマとして認識されるべきあり、自社の中長期ビジョンとマッチさせた企業経営戦略としてさらなる検討がなされるべきと考えられます。

日本公認会計士協会は「倫理規則」の改正に関する公開草案を公表しました

2021年11月22日に日本公認会計士協会(倫理委員会)は、改正倫理規則を公開草案として公表し、広く意見を求めることとしています。

 

倫理規則の理解のしやすさを向上させ、その遵守を促進するため、倫理規則の体系及び構成等の見直しを行うとともに、国際会計士倫理基準審議会(The International Ethics Standards Board for Accountants: IESBA)の倫理規程の改訂を踏まえた、実質的な内容の変更を伴う個別規定の見直しを行っています。

 

今回の主な改正点等は、次のとおりです。

 

1.体系及び構成の見直し

 

現行の職業倫理の規範体系を見直し、「独立性に関する指針」、「利益相反に関する指針」及び「違法行為への対応に関する指針」を廃止して「倫理規則」に統合します。

その他、2018年のIESBA倫理規程の再構成を含む大幅な改訂に対応した「倫理規則」全体の構成の見直しを行います。

 

2.勧誘

 

勧誘の範囲について包括的なフレー厶ワークを規定しています。

 

① 「勧誘」の範囲に関するガイダンスの明瞭化

 

② 行動に不適切な影響を与えることを意図する勧誘を禁止しています。

 

③ 行動に不適切な影響を与えることを意図しない勧誘については、概念的枠組みが適用されます。

 

3.会員に期待される役割及びマインドセット

 

公共の利益のために行動する責任を含め、社会における会員の役割と行動について規定するとともに、概念的枠組みの適用に当たり「探求心」を持つことを新たに要求します。

 

① 社会における会員の役割と行動について

 

ⅰ)会計専門職に対する信頼は、専門業務にもたらされる技能及び価値に基づくことを強調しています。

 

ⅱ)基本原則を遵守し、本規則の具体的な要求事項を遵守することで、公共の利益のために行動するという責任を果たすことができることを強調しています。

 

ⅲ)倫理規則の遵守には、具体的な要求事項の目的及び意図を適切に考慮することが含まれることを明確にしています。

 

② 基本原則に以下の規定を追加しています。

 

ⅰ)テクノロジーからの過度の影響又はこれらへの過度の依存(客観性)

 

ⅱ)全ての専門業務及びビジネス上の関係において、公共の利益のために行動するという職業的専門家の責任に矛盾しない行動

 

ⅲ)誠実性は、プレッシャーに直面した場合又は個人若しくは組織にとって不利な結果をもたらす可能性がある場合においても、適切に行動する強い意志を伴う

 

ⅳ)職業的専門家としての能力を維持する上で、テクノロジー関連の動向を継続的に把握し、理解することが求められる

 

③ 組織所属の会員を含む全ての会員に対して、概念的枠組みを適用する際に「探求心(inquiring mind)」を持つことを新たに要求しています。

 

ⅰ)「探求心を持つ」とは、次のことを意味します。

 

ア) 実施する専門業務の性質、範囲、結果を考慮し、入手した情報の情報源、関連性及び十分性を検討すること。

 

イ) 更なる調査又はその他の行動の必要性に目を向け、注意すること。

 

ⅱ)「探求心」は、監査等の保証業務を実施する場合に求められる「職業的専門家としての懐疑心」とは別の概念として整理しています。

 

4.審査担当者等の客観性

 

業務にかつて従事した者が当該業務の審査担当者に選任される際にクーリングオフ期間を設けるなど、審査担当者及びその他の適切なレビューアーの選任によって生じる可能性のある客観性の原則の遵守に対する阻害要因に対処するための規定が新設されています。

 

① 審査担当者として、審査対象となる作業に関与している者又は当該作業の実施責任者と親密な関係を有する者を選任する場合、客観性の原則の遵守に対する阻害要因が生じる可能性があります。

 

② 自己レビューという阻害要因に対するセーフガードとなり得る対応策の例には、その業務にかつて従事した者が審査担当者として選任される前に十分な期間(クーリングオフ期間)を設けることがあります。

 

③ 今後公表が予定されている「監査に関する品質管理基準」に対応する審査に係る実務指針では、審査担当者の適格性要件として、業務執行責任者が審査担当者の役割を担う前の2年間のクーリングオフ期間を明確に定めた方針又は手続を策定することを要求しています。これにより、客観性の原則を遵守し、高品質な業務を一貫して実施することができます。

 

5.報酬

 

報酬依存度等に関する新たな規定を追加します。

また、透明性向上のために、監査役等とのコミュニケーションに関する規定や開示に関する規定を新設します。

 

① 報酬依存度

 

特定の監査業務の依頼人に対する報酬依存度が高い割合を占める場合、依頼人からの報酬を失うこと等への懸念は、自己利益や不当なプレッシャーという阻害要因を生じさせます。

 

ⅰ)監査業務の依頼人がPIEである場合

 

ア) 2年連続15%を超えるか、超える可能性が高い場合のセーフガード(監査意見表明前のレビュー)【改正前は監査意見表明前のレビュー又は監査意見表明後のレビュー】

 

イ) 2年連続15%を超えるか、超える可能性が高い場合の開示【新設】

 

ウ) 5年連続15%を超えるか、超える可能性が高い場合の辞任規定と、やむを得ない理由がある場合の例外規定【新設】

 

ⅱ)監査業務の依頼人がnon-PIEである場合

 

5年連続30%を超えるか、超える可能性が高い場合のセーフガード(監査意見表明前のレビュー又は監査意見表明後のレビュー)【新設】

 

② 報酬関連情報の透明性向上(PIEの場合)

 

ⅰ)監査役等とのコミュニケーションにおける対象項目及び内容

 

ア) 監査報酬

 

・会計事務所等又はネットワーク•ファー厶に支払われた、又は支払われるべき監査報酬

 

・報酬の水準によって生じる阻害要因が許容可能な水準にあるかどうか、及び許容可能な水準ではない場合、会計事務所等が講じたか又は提案する対応策

 

イ) 非監査報酬

 

・会計事務所等又はネットワーク•ファー厶が監査業務の依頼人及びその連結子会社に提供する非監査業務に係る報酬

 

・監査報酬に対する非監査報酬の割合によって、自己利益又は不当なプレッシャーという阻害要因が生じると判断している場合、当該阻害要因が許容可能な水準にあるかどうか、及び会計事務所等が講じたか又は提案する対応策

 

ウ) 報酬依存度

 

・報酬依存度が15%を超えているか、超える可能性が高い場合、その事実の内容、当該状況が継続する可能性及び適用されるセーフガード(監査意見表明前のレビューを含む。)

 

・5年連続して報酬依存度が15%を超えるか、超える可能性が高い場合、5年経過後も監査業務を継続することの提案(R410.21に基づく例外規定を適用する場合)

 

ⅱ)報酬関連情報(監査報酬、非監査報酬、報酬依存度)は、監査業務の依頼人又は依頼人が開示しない場合は会計事務所等が開示します。

 

ア) 監査報酬

 

重要性にかかわらず、会計事務所等及びネットワーク•ファー厶に支払われたか、又は支払われるべき監査報酬

 

イ) 非監査報酬

 

重要性にかかわらず、会計事務所等又はネットワーク•ファー厶が監査業務の依頼人及びその連結子会社に提供する非監査業務に係る報酬

 

ウ) 報酬依存度

 

2年連続して報酬依存度が15%を超えているか、超える可能性が高い場合、その事実及び当該状況が最初に生じた年

 

③ 監査報酬の水準

 

ⅰ)監査報酬の水準によって生じる自己利益及び不当なプレッシャーという阻害要因の水準を評価する上で関連する事項及び対応策の例示を追加しています。

 

ⅱ)監査業務の依頼人に対する監査以外の業務の提供によって、監査報酬が影響を受けることがないようにすることを求めています。

 

ⅲ)R410.6(監査報酬の決定)の例外として、監査報酬を決定する際、監査以外の業務の提供によって得た経験の結果として達成される費用の削減効果を考慮に入れることができます。

 

④ 監査報酬に対する監査以外の業務の報酬の割合

 

ⅰ)監査業務の依頼人に対する監査以外の業務の提供による報酬が高い割合を占める場合、 監査業務又は監査以外の業務のいずれかを失うことへの懸念により、自己利益及び不当なプレッシャーという阻害要因の水準に影響が生じる可能性があるとともに、監査業務以外の関係を重視している場合には、独立性に対する阻害要因が生じる可能性がある旨の規定を追加しています。

 

ⅱ)阻害要因の水準を評価する上で関連する事項及び対応策の例示を追加しています。

 

6.非保証業務

 

主として社会的影響度の高い事業体である監査業務の依頼人に対する非保証業務の同時提供に関する規定を強化します。

非保証業務を提供する場合には、監査役等とのコミュニケーション及び事前の了解が必要になります。

 

① 非保証業務の提供における独立性に関する規則の強化

 

ⅰ)監査業務の依頼人がPIEである場合、会計事務所等又はネットワーク・ファー 厶は、自己レビューという阻害要因が生じる可能性のある非保証業務を提供してはなりません。

 

ⅱ)現行において、重要性の判断やセーフガードの適用(非保証業務に従事した者を監査業務に関与させない等)により提供が認められていた業務が禁止されます。

 

ⅲ)上記の例外として、次のいずれも満たす場合に限り、PIEである監査業務の依頼人に対し、監査業務の過程で生じる情報又は事項に関連する助言及び提言を提供できます。

 

ア) 会計事務所等が、経営者の責任を担わない。

 

イ) 自己レビュー以外の独立性に対する阻害要因に対して、概念的枠組みを適用し、阻害要因の識別、評価及び対処を実施する。

 

② 自己レビューという阻害要因が生じる可能性の判断

 

会計事務所等又はネットワーク•ファー厶は、監査業務の依頼人に対して非保証業務を提供する際、事前に次のリスクの有無を評価し、自己レビューという阻害要因が生じる可能性があるかどうかを判断します。

 

ⅰ)業務の結果が、会計記録、財務報告に関する内部統制又は会計事務所等が意見を表明する財務諸表の一部を形成するか、又はそれらに影響を及ぼすことになるリスク

 

ⅱ)会計事務所等が意見を表明する財務諸表の監査の過程において、会計事務所等又はネットワーク•ファー厶が業務の提供の際に行った判断又は実施した活動を、監査業務チー厶が評価し、又はそれらに依拠することになるリスク

 

③ 監査役等とのコミュニケーション

 

ⅰ)会計事務所等又はネットワーク•ファー厶が、PIEである監査業務の依頼人、その子会社又は親会社等に非保証業務を提供する契約を締結する前に、会計事務所等は、以下を実施しなければなりません。

 

ア) 非保証業務が禁止されておらず、また独立性に対する阻害要因を生じない業務であるか、又は、識別された阻害要因が許容可能な水準にある、若しくは許容可能な水準にないが除去されるか、許容可能な水準にまで軽減される業務であることを監査役等に通知する。

 

イ) 非保証業務の提供が独立性に対して及ぼす影響に関する適切な評価を可能にする情報として、非保証業務の内容及び範囲や報酬等の情報を監査役等に提供する。

 

ⅱ)監査業務の依頼人がPIEである場合に、依頼人、その子会社又は親会社等に非保証業務を提供する場合には、監査役等から事前に了解を得なければなりません。

 

7.「客観性の原則」

 

基本原則のうち、会員がバイアス、利益相反及び個人や組織等による過度の影響又は依存に影響されることなく、職業的専門家としての判断を行使することを、現行倫理規則では「公正性」と称していますが、「客観性」に名称を改めます。

 

8.守秘義務に関連する規定の見直し

 

会員が違法行為又はその疑いに気づいた場合に、適切な規制当局に任意の報告を行うかどうかの検討に関する規定を追加します。また、監査人予定者が不正な財務報告に関する法令違反等事実を認識した場合の取扱いに関する適用指針を新設します。

 

① 「会計監査に関する情報提供の充実に関する懇談会」の報告書(2019年1月)において示された守秘義務の考え方を考慮し、違法行為又はその疑いに気付いた場合の、適切な規制当局に対する任意の報告の検討について、現在IESBA倫理規程から導入していない規定のうち、財務諸表監査業務に従事する会員に関する規定について、改正倫理規則に反映します。

 

② 監査人の交代に関する規定のうち、現在IESBA倫理規程から導入していない規定及び監査基準委員会報告書900「監査人の交代」を参照している規定を見直し、改正倫理規則に反映します。

 

③ 監査人予定者が、不正な財務報告に関する法令違反等事実を認識した場合の取扱いに関する適用指針を定めます。

 

9.適用日

 

① 改正倫理規則は、2023年4月1日から施行します。

 

ただし、次に掲げる規定については、それぞれに定める業務又は適用日から適用します。

なお、会員の判断において早期適用することを妨げるものではありません。

 

ⅰ) パート4A(監査及びレビュー業務における独立性 (540.14 A1(審査担当者に関する事項)を除く。) については、2023年4月1日以後開始する事業年度の監査業務

 

ⅱ) パート4B(監査及びレビュー4業務以外の保証業務における独立性 (期間を対象にする主題に関する保証業務に限る。)) については、2023年4月1 日以後開始する期間の保証業務

 

ⅲ) 300.6 A1(4)④(阻害要因の識別・馴れ合い、セクション325(審査担当者及びその他適切なレビューアーの客観性)及び540.14 A1(審査担当者に関する事項)については、「監査に関する品質管理基準」に対応する審査に係る実務指針の適用日

 

② 会計事務所等又はネットワーク•ファー厶は、2023年4月1日より前に契約を締結し、既に業務が開始されている非保証業務については、従前の契約条件に基づき、当該業務が完了するまで、改正前の規定に基づき非保証業務を継続することができます。

 

③ 倫理規則の改正スケジュール

 

日本公認会計士協会(倫理委員会)改正倫理規則公開草案の解説より抜粋

 

「その他の記載内容」に対する監査人の作業内容及び範囲に関する論点について

2121年10月12日に、日本公認会計士協会監査基準委員会は、「その他の記載内容に関する監査人の作業内容に関する留意事項」を公表しました。

 

本留意事項は、改訂された監査基準及び監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」(以下 「監基報720」という。) に基づく監査業務を実施するに当たって理解が必要と思われる事項、特に「その他の記載内容」に対する監査人の作業内容及び「その他の記載内容」の範囲に関する論点について、公認会計士協会会員の実務の参考に資するために、監査上留意すべき事項を提供するものです。

 

I 「その他の記載内容」に関する監査人の作業について

 

1.基本的な考え方

 

(1)監基報720

 

監基報720では、監査人はその他の記載内容を通読し、また、その通読の過程において、以下を行わなければならないとしています。

 

①その他の記載内容の通読の過程における監査人の作業

 

・その他の記載内容と財務諸表の間に重要な相違があるかどうか検討すること

・その他の記載内容と監査人が監査の過程で得た知識の間に重要な相違があるかどうか検討すること

 

② ①に加えて

 

・財務諸表又は監査人が監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容について、重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払うこと

 

(2)実施者

 

監査人が監査の過程で得た知識との相違を識別する等の必要性から、通読は、経験豊富で監査の主要な部分に精通している監査チームの上位者が実施することが重要と考えられます。

 

(3)作業の種類・範囲の決定

 

①監基報720における監査人の責任は、その他の記載内容に関する保証業務を構成するものではなく、また、監査人にその他の記載内容について保証を得て意見又は結論を表明する義務を課すものでもありません。

 

②監査人に財務諸表に対する意見を形成するために要求される以上の監査証拠の入手を要求するものでもありません。

 

③したがって、その他の記載内容を通読し、財務諸表や監査人が監査の過程で得た知識とそれぞれ相違があるかどうかの検討等を実施する際には、監査人は、保証業務や監査ではないということを認識した上で、作業の種類や範囲を決定するものと考えられます。

 

2.「その他の記載内容」と「財務諸表」の間に相違があるかどうかの検討

 

(1)監基報の要求事項

 

①その他の記載内容には、財務諸表の数値又は数値以外の項目と同一の情報、要約した情報又はより詳細な情報を提供することを意図した情報が含まれる場合があり、これらについて財務諸表との間に重要な相違があるかどうかを検討することになります。

 

②監査人は、これらの情報の全てについて財務諸表において対応する情報との整合性の検討が求められているわけではありません。

 

③検討の対象は、利用者にとっての重要度や金額の大きさ、慎重な取扱いを要する項目かどうか等を考慮した上で、選択することとされています。

 

日本公認会計士協会監査基準委員会「その他の記載内容に関する監査人の作業内容に関する留意事項」より抜粋

 

 

(2)手続きの種類及び範囲

 

その他の記載内容と財務諸表との間に重要な相違があるかどうかを検討するための手続の種類及び範囲についても、監基報720における監査人の責任はその他の記載内容に対する保証業務を構成するものではなく、また、その他の記載内容について保証を得て意見又は結論を表明する義務を課すものでもないことを認識した上で、職業的専門家として判断して決定するものとされています。

 

3.「その他の記載内容」と「監査人が監査の過程で得た知識」の間に重要な相違があるかどうかの検討

 

検討の際に、監査人は、その他の記載内容の誤りが重要な誤りとなり得る項目に焦点を当てることがあるとされています。

 

日本公認会計士協会監査基準委員会「その他の記載内容に関する監査人の作業内容に関する留意事項」より抜粋

 

(1)対象、実施する手続きの種類及び範囲

 

監査人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討する対象や実施する手続の種類及び範囲については、その他の記載内容に対する監査人の責任も考慮の上、職業的専門家として判断して決定するものと考えられます。

 

(2)実施者

 

その他の記載内容における多くの事項は、監査において入手した監査証拠及び結論に対する認識と照らし合わせて検討することで十分なこともあるとされており、特にその他の記載内容を通読する監査人が経験豊富で監査の主要な部分に精通しているほど、その可能性は高まります。

 

このため、監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかの検討は、経験豊富で監査の主要な部分に精通している監査チームの上位者が実施することが重要と考えられます。

 

(3)追加手続き

 

重要な相違があるかどうかの検討の基礎として、関連する監査調書を参照する、又は関連する監査チームのメンバー若しくは構成単位の監査人に質問を行うことが適切と判断する場合もあります。

このような手続を実施するかどうか及びその範囲は、職業的専門家としての判断に係る事項であるとされています。

 

したがって、監査の過程で得た知識に関連すると思われる全ての記載内容について、一律に監査調書を参照すること等は要求されていません。

 

4.「財務諸表」又は「監査人が監査の過程で得た知識」に関連しない「その他の記載内容」について、重要な誤りがあると思われる兆候への注意

 

(1)実施する手続き

 

その他の記載内容には、財務諸表に関連しておらず、また、監査人が監査の過程で得た知識の範囲を超える事項に関する記述が含まれることがあります。

 

これらの財務諸表又は監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容については、監査人は 一般的な知識との相違やその他の記載内容における不整合などに注意しながら、重要な誤りの兆候に注意を払うことになると考えられます。

 

(2)追加手続き

 

①重要な誤りがあると思われる兆候がないと考えられる場合

 

監基報720における監査人の責任は、その他の記載内容に関する保証業務を構成するものではなく、また、監査人にその他の記載内容について保証を得て意見又は結論を表明する義務を課すものでもないとされています。

 

監査人に財務諸表に対する意見を形成するために要求される以上の監査証拠の入手を要求するものでもないとされているため、重要な誤りの兆候に注意を払って通読した結果、重要な誤りがあると思われる兆候がないと考えられる場合には、追加の監査証拠を入手するなどの手続を実施することは求められていません。

 

②重要な誤りがあると思われる場合

 

重要な誤りがあると思われる場合には、経営者と協議し、必要に応じて追加の手続を実施することが求められます。

 

 

日本公認会計士協会監査基準委員会「その他の記載内容に関する監査人の作業内容に関する留意事項」より抜粋

 

Ⅱ「その他の記載内容」の範囲について

 

1.統合報告書等

 

統合報告書は一般的には企業がその財務資本の提供者に対して、組織がどのように長期にわたり価値を創造するかを説明することを目的として公表される文書を指します。

統合報告書は各企業においてさまざまな名称、形式及び時期により公表されています(以下「統合報告書等」といいます)。

 

2.英文アニュアルレポート等

 

企業は、我が国の法令等に基づく年次報告書のほかに、主として外国人投資家向けに、例えば英語又はその他の言語による年次報告書を任意で作成し、監査を受け、公表することがあります。

英文アニュアルレポートは、任意の形式で作成される場合と、有価証券報告書等を直訳して作成される場合があります。

我が国において一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して監査を実施し、監査報告書を作成する場合は、作成する言語にかかわらず、監査の基準に従う必要があります。

 

3.留意事項

 

統合報告書等や英文アニュアルレポート等におけるその他の記載内容の取扱いについては、それらに財務諸表やその監査報告書が含まれる又は添付される予定があるか否か、法定監査とは別に任意監査を要請されるか等により様々であることが考えられるため、それらを構成する文書の内容、発行方法及び発行時期について、事前に経営者と協議して確認しておくことに留意が必要と考えられます。