2020年7月に日本公認会計士協会社外役員会計士協議会から「公認会計士社外監査役等の手引き」が公表されました。
その中から「会計不正を含めた不祥事の未然防止への貢献」を見てみましょう。
1.不祥事の未然防止への視点
企業における不正を完全に撲滅することは困難と言えます。
しかしながら、不正を防止しようとする側が、優れた知見を導入し、組織的に行動することで、不正を減らしていくことは十分に可能と考えられます。
2.社外監査役等の活動について
不祥事の未然防止への貢献については、
・不正リスクを想定しながら日常の監査活動を実施していくこと
・リスクを感知したら適切に対処すること
を地道に続けることが大切と言えます。
そのために、有益と思われる視点をいくつか記載しています。
- 不正事例を知っておく。
毎年「監査提言集」が公表されていますし、不正事例の研修会もあります。不正事例を分析した書籍も多数出版されています。
就任先のモニタリングに参考になりそうな部分には目を通しておくことが有益です。
- 会計監査人にはない職務上の強みを活かす。
監査役等は取締役会などの重要会議に出席するため、内部者としての色彩が会計監査人よりも強いという強みがあります。
この職務上の強みを生かして、上位の立場の方たちの言動を感じ取ることができ、情報を豊富に持つことにもなります。
- リスク防止と改善の申入れについて
不正を防止するためには、リスクが顕在化する前に感知し、問題が小さいうちに対処してしまうことが望ましいと言えます。
対処の方法には、経営陣に調査や改善を申し入れることも含まれます。
3.不正についての理論や知見
(1) 不正のトライアングル
米国の犯罪学者であるドナルド・クレッシーは、横領行為が行われる要因を分析し、動機、機会、正当化の三つの要素が全て揃ったときに不正行為が発生し得るとしました。
これは「不正のトライアングル」として知られており、不正の原因分析においてよく用いられる理論です。
「監査における不正リスク対応基準」(企業会計審議会監査部会)付録1においても、三つの要素別に不正リスクが例示されています。
- 必要悪になっていないか。
「下請法違反」や「品質偽装」「優越的地位の濫用」等について、それをしなければ部門の業務が遂行できなくなるなど、現場の従業員のとり得る選択肢が狭まっている可能性も考えられます。
コンプライアンス違反が「必要悪」になってしまう可能性に留意し、そのような状況を感知したら、まず監査役会等で十分に議論することが必要です。
- 予見し得る不正への不作為
コミュニケーションのとりづらい海外子会社があったり、人事異動が長期間なかったり、内部監査室が調査しづらい特定部署があったりと、かねてより気になっていた領域で不正行為が発生することがあり、ある程度は予見できた可能性があります。
気になっていながらもそのままになっているリスクを低減するよう、経営陣に進言するときには、経営陣への提案の仕方、内容、タイミングを監査役会等でしっかり検討する必要があります。
- 健全な議論を促進させる企業文化・風土
多様性(ダイバーシティ)を確保するメリットは、多面的な視点が得られるだけではなく、コンセンサスに対して疑問を投げかけるなど、集団全体として懐疑的になり、集団浅慮を防いでくれることにもあると考えられます。
健全な議論を促進させる企業文化があるかどうかは、リスクを想定する上で重要なチェックポイントになると考えられます。
- 内部通報制度
内部通報制度は、不正の早期発見と未然防止に資することが期待されており、多くの企業に導入されています。
重要な内部通報は必ず監査役等まで伝わる仕組みが必要です。
(2) 会計や内部統制の視点
①循環取引について
循環取引については「循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等について」(日本公認会計士協会 会長通牒)がでているとおり、会計不正の中でも、関心が持たれることの多い類型です。
社外監査役等としても、特定の事業において、短期間に売上が急増するなどの事象がないかについて、留意しておく必要があります。
②バランスシートへの着目
会計不正の兆候を把握するために、バランスシート、特に資産科目を重視する考え方があります。
会計不正の影響は、バランスシートに累積していきますし、負債の網羅性よりも、資産の実在性の方が検証しやすいという実務上の観点も背景にあります。
社外監査役等としても、これらの資産の実在性や、損失処理された内容に違和感があるならば、監査役会等で話し合い、会計監査人との意見交換を含め、適切に対処すべきものと考えられます。
③損益とキャッシュフローの関係
利益が増えているのにキャッシュが不足しているなどの事象に留意します。
これらのアンバランスを適時適切に把握できる体制も必要です。
④基本的な内部統制や内部牽制への着目
営業と管理の業務分掌が曖昧である、事実上の事後承認になっている、データの変更履歴が残らない、現物管理が適切に行われていない、機密情報の持ち出しが容易である、といった基本的な内部統制の問題から、不正が起こることは少なくありません。
これらの問題への取組もモニタリングします。
4.公表されたガイド、プリンシプル、提言など
(1)不正リスク管理ガイド
COSO からは「不正リスク管理ガイド」(日本公認会計士協会出版局)が公表されています。
企業が不正リスク管理の体制を構築していく上で、長く参照できる文献です。
(2)不祥事予防のプリンシプル
上場会社において多くの不祥事が、業種を越え、規模の大小にかかわらず表面化している現状に対処するために、2018 年3月に「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(日本取引所自主規制法人)が公表されました。
同プリンシプルでは6つの原則が示されています。
・ 実を伴った実態把握
・ 使命感に裏付けられた職責の全う
・ 双方向のコミュニケーション
・ 不正の芽の察知と機敏な対処
・ グループ全体を貫く経営管理
・ サプライチェーンを展望した責任感
これらは会計専門家にも共有することが期待されているものであり、上場会社の社外監査役等に就任された会員におかれても重要な指針です。
(3)日本監査役協会
日本監査役協会からは、監査実務を支援するために、様々な提言やアンケート調査結果などが公表されています。
日本監査役協会のこれらの提言等により、必要な知見を取り入れることは、監査業務を効果的に実施していく上でとても有益です。