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IFRS財団によるIFRSサステナビリティ開示基準公開草案の公表

1. 国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立

 

投資家のサステナビリティ情報を含む非財務情報へのニーズの高まりを受け、、IFRS財団(以下、財団)は2020年9月及び2021年4月にそれぞれ「サステナビリティ報告に関する協議ペーパー」と「IFRS財団定款の的を絞った修正案」を公表し、利害関係者からコメントを募集しました。

 

コメントでは、以下の項目についての対応が求められました。

 

① 国際的に一貫し、比較可能なサステナビリティ報告が緊急に必要であること

 

② IFRS財団が関連基準の設定において主導的な役割を果たすべきという幅広い要望があり迅速な行動が求められていること

 

これを受けて、IFRS財団評議員会(以下、評議員会)は2021年11月3日、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において、資本市場向けのサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを開発するために国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立を公表しました。

 

同時に、2つの基準原案(プロトタイプ)や他の基準設定機関との統合も公表しています。

 

ISSBは、評議員会の下部組織として、国際会計基準審議会(以下、IASB)と並列した位置付けになります。

 

2.IFRSサステナビリティ開示基準の開発

 

ISSBが設定する基準は、IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS Sustainability Disclosure Standards)とされ、IASBが設定する基準は、IFRS会計基準(IFRS Accounting Standards)と呼ばれることになります。

 

財団は、ISSBの基盤作りのため、技術的準備ワーキング・グループ(以下、TRWG)を設立しています。

 

TRWGは、金融安定理事会による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、バリュー・レポーティング財団(VRF)、気候変動開示基準委員会(CDSB)、世界経済フォーラム(WEF)、国際会計基準審議会(IASB)のメンバーによって構成されています。

 

3.グローバル機関との連携

 

ISSBは、基準の開発や適用を迅速に進めるため、さまざまなグローバル機関と連携することとしています。

 

(1) VRF及びCDSBとの統合

 

TRWGメンバーの構成組織であるバリュー・レポーティング財団(VRF)と気候変動開示基準委員会(CDSB)が2022年6月までにISSBに統合される予定です。

VRFは、国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が統合された組織です。

 

(2) IASBとの連携

 

ISSBは、IASBと緊密に連携し、IFRS会計基準とIFRSサステナビリティ開示基準との結び付き及び比較可能性を確実なものにすることとしています。

 

(3) その他のグローバル機関との連携

 

証券監督者国際機構(IOSCO)は、財団のモニタリング・ボードにおける議長として基準設定活動を独立して監視していくほか、IFRSサステナビリティ開示基準の基準草案を詳細に評価し、各国の規制当局が基準の批准をスムーズに実施するための基盤作りを担うと考えられています。

 

4.国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の公開草案公表

 

(1)基準書案の公開協議

 

2022年3月31日、ISSBは、2つの基準書案に関する公開協議を開始しました。

 

1つは、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項を定めるもので、もう1つは、気候関連開示の要求事項を定めるものです。

 

① 全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項の公開草案は、投資家が企業の企業価値を評価するために必要な、企業の重大なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要性がある情報の開示に係る要求事項を定めています。

本公開草案は、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する企業からの情報の改善を求めるG20首脳や証券監督者国際機構(IOSCO)などからの要請を受けて開発されたものです。

 

② 気候関連開示の要求事項の公開草案は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき、SASBスタンダードから派生した産業別開示の要求事項を取り入れたものです。

 

③ ISSBが最終的な要求事項を公表した時点で、これらの要求事項は、投資家が企業価値を評価する際の情報ニーズを満たすように設計されたサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを形成することになります。

ISSBは、グローバル・ベースラインを各法域の要求事項に取り込むことを支援するため、他の国際機関や各法域と緊密に連携しています。

 

(2)今後のスケジュール

 

① 公開草案

 

ISSBは、2022年7月29日を期限とする120日間の公開協議期間を通じて、本公開草案に関するフィードバックを求めています。

2022年後半に本提案に関するフィードバックを検討し、フィードバックに応じて、2022年末までに新しい基準を公表することを目指しています。

 

2022年終盤に、ISSB は基準設定の優先順位について公開協議を行う予定です。

この公開協議では、企業価値を評価する際の投資家のサステナビリティ関連情報のニーズや、幅広いサステナビリティ事項を扱うSASBスタンダードに基づく産業別要求事項の追加的な開発に関するフィードバックを求めることが予定されています。

 

② その他の動き

 

また、ISSBは2022年3月31日、SASBスタンダードと産業別の基準設定プロセスをどのように基礎としていくかに関する計画に着手しました。

 

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいた4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標)について開示することが求められます。

 

なお、TRWGは基準を「全般的要求事項」「テーマ別要求事項」「産業別要求事項」の3つで構成することを提案しています。

 

気候関連開示の要求事項はこの「テーマ別要求事項」に該当します。

 

TRWGによると、テーマが資本市場に認知され、産業横断的な指標が実行可能であり利用可能等の要件を満たすことで、今後新たなテーマが設定されることが提案されています。

 

5.全般的要求事項

 

(1) 目 的

 

「全般的要求事項」の目的は、一般目的財務報告の利用者が企業に経済的資源を提供すべきか否かに関する意思決定を行う際に有用となるサステナビリティ関連リスク及び機会に対する企業のエクスポージャーに関する全ての重要性のある(Material)情報の提供を企業に求めることです。

 

ここでの情報提供は、あくまで経済的意思決定に資する情報提供であり、企業価値評価のための情報開示にフォーカスしています。

 

(2)  重要性

 

「重要性のある」情報とは、情報が省略されたり誤表示されたり脱漏されたりした場合に、利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される情報であるとされています。

 

また、重要性は情報が関連する項目の性質や規模に基づき企業固有のものであるという側面があり、基準案では重要性の閾値について明示されていません。

 

(3) 4つのコアとなる要素

 

IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認める又は要求する場合を除き、ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標について開示することが求められます。

 

このアプローチは、IFRS財団が昨年公表した協議文書において求めた利害関係者からの意見を反映し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいたものです。

Exposure Draft-Snapshot より抜粋

 

(4) 参照する基準

 

指標を含む重要なサステナビリティ関連リスク又は機会に関する開示を特定するためには、関連するIFRSサステナビリティ開示基準を参照します。

 

特定のサステナビリティ関連事項に具体的に適用されるIFRSサステナビリティ開示基準が存在しない場合、経営者には目的適合性を有する開示を識別するための判断が求められます。

 

この判断を行うに当たり、IFRSサステナビリティ開示基準の要求事項と矛盾しない範囲で、産業に基づく米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の基準、ISSBの強制力は持たないガイダンス及びその他の基準設定主体の直近の基準等の文書に含まれる開示トピックに関連する指標を考慮することになります。

 

6.気候関連開示の要求事項

 

(1) 目 的

 

「気候関連開示の要求事項」の目的は、利用者が次のことを可能にするために、気候関連リスク及び機会についてのエクスポージャーに関する情報を企業に提供するよう求めることです。

 

・重要な気候関連リスク及び機会が企業価値に及ぼす影響を評価すること

 

・企業の資源利用並びにそれに対応するインプット、活動、アウトプット及び成果が、重要な気候関連のリスク及び機会を管理するための企業の対応及び戦略をどのようにサポートするかを理解すること

 

・計画、ビジネス・モデル及び事業を重大な気候関連リスク及び機会に適応させる能力を評価すること

 

(2) 4つのコアとなる要素

 

「気候関連開示の要求事項」では、気候関連財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD)の提言に由来する以下で示す4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)に沿った目的適合性を有する情報の開示を求めています。

 

① ガバナンス

 

ガバナンスとは、「気候関連リスク及び機会をモニタリングして管理するために企業が用いるガバナンス・プロセス、統制及び手続」をいいます。

 

公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。

例えば、気候関連リスク及び機会を監督する組織が、企業戦略、主要な取引の意思決定及びリスク管理方針を監督する際に気候関連リスク及び機会をどのように考慮しているかについて開示することが求められています。

 

② 戦 略

 

戦略とは、「短期、中期及び長期にわたって企業のビジネス・モデル及び戦略を改善する、阻害する又は変更する気候関連リスク及び機会」をいいます。

 

・気候関連リスク及び機会に関する情報の経営者の戦略及び意思決定に及ぼす影響

 

・気候関連リスク及び機会がビジネス・モデルに現時点で及ぼしている影響及び今後及ぼすと見込まれる影響

 

・短期、中期及び長期にわたって、企業のビジネス・モデル、戦略及びキャッシュ・フロー、資金へのアクセス及び資本コストに影響を及ぼすと合理的に見込まれる気候関連リスク及び機会の影響

 

・気候関連リスクに対する企業戦略(ビジネス・モデルを含む)のレジリエンス

 

③ リスク管理

 

リスク管理とは、「気候関連リスクが企業によりどのように識別、評価、管理及び軽減されているか」をいいます。

 

公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。

例えば、リスク管理目的のために気候関連リスクを識別するためのプロセス(例えば、他の種類のリスクと比較して気候関連リスクをどのように優先順位付けしているか)について開示が求められています。

 

④ 指標及び目標値

 

指標及び目標値とは、「気候関連リスク及び機会の業績及び成果に関する企業の取り組みを管理・モニタリングするために使用される指標及び目標値」をいいます。

 

これには、業績目標の達成度合いを測定するために企業が用いる、定性的開示及び目標を裏付ける測定値が含まれます。

 

企業は、産業横断的な及び産業固有の指標を開示することが求められます。

さらに、企業は指標を選択及び開示するに当たり、それらの金額と付随する財務諸表で認識・開示される金額との関係を検討しなければなりません。

2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が始まります

コーポレートガバナンス・コードが改訂され、プライム市場に上場する企業は2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言に相当する気候関連財務情報の開示が求められます。

 

1. コーポレートガバナンス・コードの改訂

 

(1)改訂の趣旨

 

スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは適時にフォローアップされており、2020年のスチュワードシップ・コード改訂に続き、2021年はコーポレートガバナンス・コードが改訂され、サステナビリティ対応の開示が追加されました。

 

「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(2021年4月6日)では、以下のように述べています。

 

「3.サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組み」

~略~

加えて、投資家と企業の間のサステナビリティに関する建設的な対話を促進する観点からは、サステナビリティに関する開示が行われることが重要である。特に、気候変動に関する開示については、現時点において、TCFD提言が国際的に確立された開示の枠組みとなっている。また、国際会計基準の設定主体であるIFRS財団において、TCFDの枠組みにも拠りつつ、気候変動を含むサステナビリティに関する統一的な開示の枠組みを策定する動きが進められている。

 

比較可能で整合性の取れた気候変動に関する開示の枠組みの策定に向け、我が国もこうした動きに積極的に参画することが求められる。今後、I FRS財団におけるサステナビリティ開示の統一的な枠組みがTCFDの枠組みにも拠りつつ策定された場合には、これがTCFD提言と同等の枠組みに該当するものとなることが期待される。

~略~

 

(2)改訂内容

 

今回の改訂で注目される点は、サステナビリティ対応の開示です。

「我が国企業においては、サステナビリティ課題への積極的・能動的な対応を一層進めていくことが重要である」との基本原則に続いて、「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(株式会社東京証券取引所、2021年)では、「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである」との原則が示されました。

 

プライム市場上場企業に対して、気候変動について自社に及ぼす影響を分析し、TCFDまたは同等の情報を開示することを求めています。

 

(3)具体的な記載内容

 

【原則3-1.情報開示の充実】

~略~

(ⅱ) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針

~略~

 

補充原則

~略~

3-1③上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

 

2.TCFDの概要

 

(1) TCFDとは

 

2015年12月に採択されたパリ協定を受け、温室効果ガスの排出量削減と低炭素社会への移行など、気候変動に対する取組みが世界中で進んでおり、気候変動問題は企業の事業活動に多大な影響を与える可能性があります。

しかし、「気候関連財務情報開示に関するガイダンス2.0」では、「足元、企業に求める気候変動の影響に関する情報開示の程度は十分ではなく、金融機関は気候変動関連のリスクと機会を企業の戦略や財務計画と関連づけて理解できない状況」であるとしており、「その結果、将来、資産価値の大幅な急変が生じることにより、金融安定性が損なわれるリスクがあるとの懸念」が「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言(最終報告書)」において示されています。

 

それに対応して、G20財務大臣および中央銀行総裁の指示により、金融安定理事会(FSB)は、投資家、金融機関等が企業の気候関連問題を評価するのに必要とする情報を明らかにできるよう、2015年12月に民間主導の「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」を設置しました。

 

金融界の気候変動への危機感から立ち上がったTCFDは、気候変動に対してレジリエントな経営の実践と開示を企業に要求しています。

 

(2) TCFDの提言内容

 

TCFDの提言の要素は、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つであり、11の項目の情報開示を推奨しています。

TCFDが提言および推奨する開示は<表1>の通りです。

 

中でも、情報開示で重要なものの一つとして、戦略の項目において「2℃以下のシナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、企業の戦略におけるレジリエンスについて説明する」ことが挙げられます。

 

長期的で不確実な経営課題である気候変動によるリスクおよび機会に対して、企業の経営戦略がどのように変化し得るかについて情報開示することは、企業の気候変動に対するレジリエンスを評価する上での重要なステップであると考えられるからです。

 

 

3.TCFDの進め方

 

(1) TCFDが提唱する気候関連リスク・機会の開示

 

TCFD提言では、気候変動によるリスクおよび機会が企業にもたらす財務的影響についての情報開示を求めています。

 

気候関連のリスクは移行リスクと物理的リスクに大別されます。

 

移行リスクには、脱炭素経済への移行に関して生じる政策遂行、技術の陳腐化、マーケットの変化やレピュテーションリスクがあります。

物理的リスクには台風や異常気象など資産の毀損などの急性リスクと平均気温の上昇や海面上昇などの慢性リスクがあります。

 

また、気候変動に関連したビジネスの機会として、資源やエネルギー源の効率的な利用によるコスト削減や低炭素製品やサービス需要増加による売上増加、新規市場の拡大やレジリエンス計画による市場価値向上などを例示しています。

 

さらに、エネルギー、運輸、素材・建築物、農業・食糧・林業製品の4つのセクターを気候変動の影響を強く受けるセクターとして、推奨する開示項目を補助ガイダンスで明らかにしています。

 

(2)TCFDのシナリオ分析ステップと検討のポイント

 

TCFD提言では、企業の気候関連問題に対するレジリエンスを評価するためシナリオ分析の実施を推奨しています。

TCFDはシナリオ分析の解説書であるTCFD Technical Supplementを公表し、下記の通り6つの検討ステップに沿って進めることを推奨しています。

 

① Step1:ガバナンスの整備

シナリオ分析にあたっては、経営層の理解を獲得し、事業部を巻き込んだ体制を構築し、分析の対象範囲(地域、事業、企業)を特定し、時間軸を決めます。

 

② Step2:リスク重要度の評価

企業が直面する気候変動リスクと機会を列挙した上で、起こり得る事業インパクトを定性化します。リスク重要度の評価はセクター別、サプライチェーン別に細分化して評価することが有用です。

 

③ Step3:シナリオ群の定義

企業に関連する移行リスクと物理的リスクを包含した複数のシナリオを想定し、いかなるシナリオと世界観が企業にとって適切かを検討します。

 

④ Step4:事業インパクト評価

それぞれのシナリオが企業の戦略的・財務的ポジションに対して与え得る影響を評価し、感度分析を行います。事業インパクトを試算するためのロジックを作ることが重要です。

 

⑤ Step5:対応策の定義

事業インパクトの大きいリスク・機会について、自社対応状況を把握し、必要があれば競合他社の対応状況の確認の上、適用可能で現実的な選択肢を特定します。

 

⑥ Step6:文書化と情報開示

TCFD提言の開示推奨項目におけるシナリオ分析の位置付けや、各ステップの検討結果につき、読み手の視点に立って適切に開示し、企業価値向上につなげることが重要です。

 

4.今後の見通し

 

プライム市場上場企業の多くは、これまでにTCFDに相当する情報開示をしていませんでした。

そうした事情やコーポレートガバナンス・コードが原則主義であることから、「コーポレートガバナンス・コードの全原則適用に係る対応について」 (株式会社東京証券取引所2021年7月21日 更新)では、「TCFD…(中略)…における項目を全て開示しなくとも、自社に必要と考えられる項目から順次開示の取組みを進めていただくことで差し支えありません」としています。

 

しかし、すでに欧州では、欧州委員会が、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に関する提案を2021年4月21日に公表し、企業サステナビリティ報告指令(CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)案が示され、一定のサステナビリティ情報の開示と保証の義務化が志向されています。

 

さらに、IFRS財団では国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を2021年11月に設置し、今後できるだけ早い段階で国際的に統一された気候関連情報開示基準が示されることが期待されています。

 

わが国においても、コーポレートガバナンス・レポートではなく有価証券報告書における開示の義務化を金融庁が検討しています。

また、公益財団法人財務会計基準機構は、2021年12月17日に開催した理事会において、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の設立を決議し、また、SSBJ 設立準備委員会の設置並びにSSBJ設立準備委員会の委員及び委員長の選任を決議しています。

 

こうした潮流を念頭に置きますと、TCFDは単なる情報開示ではなく気候変動経営に直結するテーマとして認識されるべきあり、自社の中長期ビジョンとマッチさせた企業経営戦略としてさらなる検討がなされるべきと考えられます。

東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定が発効します

地域的な包括的経済連携(RCEP)協定は、2012年11月に交渉が開始され、2020年11月15日にASEAN10か国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの計15か国で署名されました。RCEPは「Regional Comprehensive Economic Partnership」の略です。

 

2021年11月2日に協定の発効要件が満たされ、寄託を終えた日本、オーストラリア、ブルネイ、カンボジア、中国、ラオス、ニュージーランド、シンガポール、タイ、ベトナムの10か国について、2022年1月1日に発効します。

現時点で批准が完了していない署名国は、ASEAN4カ国のインドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、及び非ASEAN国の韓国となりますが、これらの署名国は批准書、受諾書又は承認書を寄託者に寄託した日の後60日で効力を生ずることとなります。

 

JETRO日本貿易振興機構(ジェトロ)では、「RCEP協定解説書」を発行して、RCEP協定の発効に先立って、協定の概要や特恵税率の利用方法について紹介しています。

 

1.RCEP協定の意義

 

(1)RCEP参加15か国のGDPの合計は、2019年ベースで25.8兆ドルであり世界全体の29%、参加国の貿易総額(輸出額ベース)は5.5兆ドルで世界全体の29%にそれぞれ相当します。また、人口の合計は約22.7億人で、世界全体の30%を占めています。

 

(2)日本の貿易額でみますと、輸出の43.1%、輸入の49.2%をRCEP参加国が占めています。

特に、RCEP協定が日本との初のEPAとなる中国、韓国は日本の主要な貿易相手国であり、輸出額の25.6% (中国19.1%、 韓国6.6%)、輸入額の27.6% (中国23.5%、韓国4.1%)と、日本の貿易額の4分の1以上はこの2か国との貿易です。

本協定は我が国の経済成長に寄与することが期待されています。

 

(3)RCEP協定の発効により締約国内での市場アクセスの大幅な向上が期待されています。今まではASEANプラス1というかたちで、ASEANと日本や中国などの各国が、個別にEPAを締結していました。

15か国で1つの協定を締結することにより、域内すべての輸出先に対して、共通の原産地規則や税関手続の下、協定上の特恵税率が利用できることになります。

 

RCEP参加国間でのASEANプラス1の自由貿易に係る協定としては、日本・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP協定、2008年12月発効)の他、中国-ASEAN自由貿易協定(ACFTA、2005年7月)、韓国-ASEAN自由貿易協定(AKFTA、2007年6月)、ASEAN•オーストラリア•ニュージーランド自由貿易協定(AANZFTA、2010年1月)があります。

 

(4)本協定は、日・ASEAN包括的経済連携(AJCEP)協定を始め、ASEANと日本、中国、韓国、豪州及びニュージーランド各国との間でそれぞれ締結されている経済連携協定を踏まえた上で、地域の貿易・投資の促進及びサプライチェーンの効率化に向けて、市場アクセスを改善し、発展段階や制度の異なる多様な国々の間で知的財産、電子商取引等の幅広い分野のルールを整備するものです。

 

2.RCEP協定の概要

 

RCEP協定のルールは以下の全20章および17の付属書で規定されています。

発展段階や制度の異なる多様な国家間での知的財産、電子商取引など幅広い分野について義務規律を規定し、域内での自由で公正な経済秩序の構築に向けた重要な一歩となるルールを整備しました。

 

 

3.RCEP協定における関税撤廃•削減の概要

 

RCEP協定における関税撤廃・削減の効果についてみてみます。

 

物品貿易の関税撤廃率はRCEP参加国全体で91% (品目数ベース)です。

特に、日本が中国、韓国と結ぶ初のEPAであることから、これら2か国との貿易で関税撤廃・削減の効果が期待されます。

日本からの輸入品に対する関税は品目数ベースで中国は86%、韓国は83%が撤廃されます。

また、すでにEPAを締結・発効している国でも、RCEP協定において、発効済のEPAを上回る関税撤廃・削減が実現される場合もあります。

 

(1)物品の貿易について(関税削減について)

 

RCEP協定は日本にとって初めて中国・韓国との結ぶFTAとなるため、日本企業にとって大きなプラスの効果が期待されています。

一方、直近発効したCPTPPや日EU EPAと比較すると、RCEP協定の関税撤廃率はやや低いと言えます。

一部の品目では、関税率引き下げ対象外、または11~21年をかけて段階的に関税率削減が行われるため、関税削減の大きな効果を得るまで時間がかかる可能性があります。

そのため、ASEAN/豪州/ニュージーランドとの取引の場合は、既存FTAの関税率と比較し、どの協定を適用するべきか検討することが推奨されます。

 

(2)関税率について(譲許表、税率差ルール)

 

関税引き下げスケジュール(譲許表)については、全締約国に一律の関税引き下げ・撤廃を約束している「共通譲許方式」をとる国(8カ国)と、相手国ごとに異なる関税引き下げ・撤廃を約束する「個別譲許方式」をとる国があります。

日本、中国、韓国は後者を採用しており、輸出国別に設けられた譲許表の確認が必要となります。

 

また、域内迂回輸入の防止措置として、各輸入国譲許表の付録に記載される特定の品目については、輸出締約国が追加的な要件を満たした場合にのみ、輸出国がRCEP協定の原産国となる「税率差ルール」が定められているため、注意が必要です。

 

4.原産地規則

 

RCEP協定における原産地規則には、原産品の定義、累積、軽微な工程及び加工、僅少の非原産材料、積送基準等が定められており、基本的に既存FTAと同様の構成内容となっています。

 

品目別規則については、ASEANのFTAで多くの品目にみられる緩やかな内容を採用しており、直近発効されたCPTPPや日EU・EPAと比較すると、要件が緩和されている傾向にあります。

 

5.原産地証明

 

RCEP協定の原産地証明手続に関しては、複数の証明制度が併存しています。具体的には以下のいずれかの文書が原産地証明として認められています。

 

(a)原産地証明書発給機関により発給された原産地証明書(第三者証明)

(b)認定された輸出者による原産地申告(認定輸出者自己証明)

(c)輸出者又は生産者による原産地申告(輸出者または生産者による完全自己証明)

(d)輸入者による自己申告制度(現時点では日本への輸入のみ)

 

輸出者又は生産者による原産地申告制度は、輸入締約国において当該制度を採用している場合に限られる見込みであることが発表されました。

複数のRCEP締約国へ輸出を行っている企業にとっては、国ごとに証明制度を確認し、自己証明制度と第三者証明制度の使い分け、管理を行う必要が生じることも想定されます。

認定輸出者自己証明制度は輸入締約国が採用している証明制度に関わらず利用することができ、第三者証明書発給のコストとリードタイムが削減できる可能性があります。

 

6.各国が任意で採用できる規定

 

規定の中には任意で採用できるルールがあり、各締約国で運用が異なるため注意が必要です。

 

(1)輸入後の通関上の特恵待遇の要求

 

第3.23条1に定められており、輸入通関後に事後的にFTA税率の適用を申請し、超過で支払った関税の還付を認めています。しかし、日本の場合は、事後的なFTA税率の適用を認めず、許可前引取り制度(BP)にて対応する必要があることが発表されています。

 

(2)連続する原産地証明(Back-to-Back CO)

 

第3.19条に定められており、これは輸出締約国の最初の原産地証明に基づいて、経由国である締約国(中間締約国)の発給機関、認定輸出者又は輸出者が発給することができる原産地証明のことをいいます。

Back-to-Back COのメリットとしては、最初の原産地証明に記載された貨物を、中間締約国で分割して各締約国に輸出する際に、その分割された貨物ごとに原産地証明を発給できる点で、ASEANのFTAで多く採用されている制度となります。

 

今後、日本を含め中間締約国でBack-to-Back COの発給が可能か、また、各証明制度のもとで(第三者証明制度、認定輸出者、輸出者自己申告制度)どのような要件が必要か各締約国の運用を確認する必要があります。

 

7.企業に求められる対応

 

(1)企業が適切にRCEP協定を運用するためには、まず、関税率と原産地規則の基礎となるHSコードを適切に付番することが求められます。

 

(2)原産地の確認は製造に係る情報を持っている輸出者/生産者の協力が不可欠です。

特に原産地申告を輸出者/生産者に依頼する場合には、輸入前に必要となる手続きを正確に把握したうえでの協力要請が必要となります。グローバル企業のグループ全体でRCEP協定を運用していく場合にも、戦略的に活用するための体制構築を行っていくことが必要です。

 

(3)多くの企業にとって利用できるFTAはRCEP協定だけでなく既存のFTAも存在するため、今後も現行FTAとRCEP協定を使い分けていくことが企業に求められます。

そのため、企業の担当者はこれまで以上に複数の原産地規則や手続きに精通し、法令を順守しながらコスト削減を実現するという困難な課題に対応していくことが必要とされます。

 

(4)一方、他のFTA同様、RCEP協定においても、輸入国の税関当局による、①輸入者、輸出者、生産者や輸出当局に対する書面による情報提供要請、②輸出者または生産者の施設への訪問、といった検認手続が定められており、事後的にRCEP協定によるFTA税率が否認される恐れがあるため、関税率、原産地規則、証明書発給方法、特例等を正確に把握し、適切に適用することが大切です。

 

(5)RCEP協定のメリットを享受できるよう、テクニカルで複雑な協定内容、手続き、検討事項等について、専門家によるサポートやシステムの導入により、リスクを最小限に抑えつつ適正に運用していくことも有益であり、実務のアウトソーシングやシステムの導入を含むFTA利用体制の強化に着手していくことが重要です。

 

8.RCEPのメリット、デメリット

 

RCEPのメリット、デメリットを見てみましょう。

 

(1)日本へのメリット

 

①関税が撤廃され、ビジネスチャンスが広がる

 

工業製品の輸出において91.5%の品目に対し関税が撤廃されます。

鉄鋼製品、電子レンジ、冷蔵庫などの家電製品や、今後成長が期待される電気自動車用のリチウムイオン電池の素材やモーターなどで大きなメリットがあるとされています。

 

②中国の巨大な市場にアクセスしやすくなる

 

RCEPにより、中国との輸出入において関税が削減されるため、貿易が活発化することが見込まれます。しかし、これまで以上に中国製品が日本に流通する可能性もあります。

 

③別の協定と比較・検討ができる

 

輸出入をする際、同じ商品であったとしても適用する協定により関税差があります。

2020年12月の段階で、日本はRCEPの他に、TPP、日EU EPAを含めて17のEPAを締結しているため、複数の協定から最適な物を選んで貿易することが可能になります。

 

(2)日本へのデメリット

 

安い製品が日本に多く入ってくると、国内の生産者や企業は価格競争に巻き込まれたりビジネスチャンスを失ったりする懸念があります。

なお、「重要5項目」である米、牛肉・豚肉、乳製品などは今回の関税の削減や撤廃の対象から外れています。

 

8.インドのRCEP協定交渉の離脱と今後の加入に向けた特別待遇

 

RCEP協定はインドを含む16か国で交渉が開始されました(2012年11月)が、インドは2020 年11月の第4回首脳会議でのRCEP協定の署名には参加しませんでした。

しかし、将来的なインドのRCEP參加のため、その他の參加国は2020年11月のRCEP首脳会議にて、RCEPがインドに対して開かれていることを共同首脳声明で確認するとともに、「インドのRCEPへの参加に係る閣僚宣言」を発出しました。

宣言には、インドが望む場合、①各国はいつでも加入交渉に応じる、②RCE協定の発効日からインドの加入のために開放される(注:インド以外は 発効日の18か月後から加入可:RCEP協定20.9条で規定した内容)、③RCEPの会合にオブザーバー参加できる、④署名国間により実施される経済協力活動に參加できる、など、インドに対する特別な扱いが明記されています。

 

経営の重要課題であり企業の長期的価値を高める、ダイバーシティ&インクルーシブネス

2021年3月に経済産業省は、【改訂版】ダイバーシティ経営診断シートの手引き「多様な個を生かす経営へ~ダイバーシティ経営への第一歩~」を公表しました。

 

Ⅰ 「多様な個を活かす経営=ダイバーシティ経営」の有効性

 

1.ダイバーシティ経営とは

 

「ダイバーシティ経営」は、

 

①経営戦略を実現するうえで不可欠である多様な人材を確保し、

②そうした多様な人材が意欲的に仕事に取り組める組織風土や働き方の仕組みを整備することを通じて、

③適材適所を実現し、

④その能力を最大限発揮させることにより

⑤「経営上の成果」につなげること

 

を目的としています。

 

(1)ダイバーシティ経営の定義

 

ダイバーシティ経営とは、

 

①多様な人材(注1)を活かし、

②その能力(注2)が最大限発揮できる機会を提供することで、

③イノベーションを生み出し、 価値創造につなげている経営(注3)

 

としています。

 

(注1) 「多様な人材」とは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様注だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含みます。

 

(注2)「能力」には、多様な人材それぞれの持つ潜在的な能力や特性なども含みます。

 

(注3) 「イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」とは、組織内の個々の人材がその特性をいかし、いきいきと働くことの出来る環境を整えることによって、「自由な発想」が生まれ、生産性を向上し、自社の競争力強化につながる、といった一連の流れを生み出しうる経営をいいます。

 

(2)ダイバーシティ経営の4つの効果

 

①プロダクト・イノベーション

 

対価を得る製品・サービス自体を新たに開発したり、改良を加えたりするもの

※多様な人材が異なる分野の知識、経験、価値観を持ち寄ることで、「新しい発想」が生まれます。

 

②プロセス・イノベーション

 

製品・サービスを開発、製造、販売するための手段を新たに開発したり、改良を加えたりするもの(管理部門の効率化を含む)

※多様な人材が能力を発揮できる働き方を追求することで、効率性や創造性が高まります。

 

③外的評価の向上

 

優秀な人材の獲得、顧客満足度の向上、社会的認知度の向上など

※多様な人材を活用していること、およびそこから生まれる成果によって、顧客や市場などからの評価が高まります。

 

④職場内の効果

 

社員のモチベーション向上や職場環境の改善など

※自身の能力を発揮できる環境が整備されることでモチベーションが高まり、また、働きがいのある職場に変化していきます。

 

(3)ダイバーシティ経営に取り組む意義

 

①ダイバーシティとは

 

「女性」「外国人」「高齢者」「障がいのある人」といった表層的な多様性だけが「ダイバーシティ」ではなく、「働き方」や「キヤリア」、「経験」といった一見外からわからない内面/深層的な多様性も含まれます。

 

②ダイバーシティ経営とは

 

多様な人材が能力を発揮し価値創造を創出する「ダイバーシティ経営」は、「経営者の取組」、「人事管理制度の整備」、「現場管理職の取組」の3拍子がそろうことにより、彼らが活躍できる「組織風土」が醸成され、成果につながっていくことが分かってきました。

 

「ダイバーシティ経営」を推進している企業では、新入社員や中途社員の採用、正社員の定着、人材の能力開発の状態、 正社員の仕事に対する意欲、会社や仕事に対する満足度において「良い/うまくいっている」と回答する割合が高くなっています。

 

加えて、売上高や営業利益も高いことは、定着した人材が持てる能力を発揮できる職場環境があるため、と考えられます。

 

どのような人材、組織で自社を発展させていくかを考え、社員一人ひとりが活躍できる組織風土を醸成することが「ダイバーシティ経営」の実現には不可欠だとしています。

 

2.ダイバーシティ経営の実現に必要なインクルージョン

 

(1)インクルージョンの重要性

 

多様な人材が職場にいることは重要ですが、人が多様化しただけでは新たな価値は生まれません。

その多様な人材が能力を発揮できる「組織風土」、すなわち『インクルージョン風土』をつくっていくことが重要です。

 

(2)インクルージョンの意義

 

『インクルージョン』とは、一人ひとりが「職場で尊重されたメンバーとして扱われている」と認識している状態を指します。

そのためには、職場メンバーの一員として認められることと、その人の持つ独自の価値が組織に認められていることが必要です。

 

多様な人材が、それぞれ自分の「居場所」を実感できている状態が「インクルージョン」であると言えます。

 

 

3.ダイバーシティ経営が成果に結びつくまでのプロセス

 

多様な人材が活躍して能力を発揮し、組織にとっての成果(価値創造)を生み出すまでには①→②→③→④のステップが必要です。

しかし、これは短期でできるものではありません。

特に②の「経営者の取組」が「人事管理制度の整備」や「現場管理職の取組」に反映され浸透するまでには②→③→②を繰り返していく過程で3拍子がそろうようになり、多様な人材が尊重され、その独自性を発揮できる「組織風土=インクルージョン」が醸成され成果につながっていくと言えます。

 

 

4.企業が成果を出すまでに必要な要素とプロセス

 

(1)経営姿勢・理念

 

「ダイバーシティ経営」に限らず、企業が成果を出すまでには、企業としての考え方である「経営姿勢・経営理念」の明示が必要です。

「ダイバーシティ経営」は人材が多様であるからこそ、組織として1つの方針に基づき活動するための「経営姿勢・理念」が重要になります。

 

(2)経営戦略、人事管理制度、職場マネジメント

 

「経営姿勢・理念」に基づく「経営戦略」を設定したうえで、それらの実現に向けた各部門、各部門に所属する職場メンバーの役割を明確にし、一人ひとりの仕事を付与することで、各人が果たすべき役割を理解して持てる能力を発揮し、成果を生むと考えられています。

また、経営戦略の実現に必要な人材の要件の明確化と、各人が的確に能力を発揮していくための施策である「人事管理制度」の活用、それらを運用する現場管理職の「職場マネジメント」により、一人ひとりが確実に能力を発揮することが可能になります。

 

 

Ⅱ 改訂版ダイバーシティ経営診断ツールと診断シート

 

1.改訂版ダイバーシティ経営診断ツールとは

 

(1)改訂版ダイバーシティ経営診断ツールの概要

 

「改訂版ダイバ—シティ経営診断ツール」は、「改訂版ダイバーシティ経営診断シー卜」と「改訂版手引き(本資料)」によって構成される、中堅・中小企業の「ダイバーシティ経営」の実現に必要な現状分析・課題の明確化・対応策の検討・実行に寄与するツールです。

 

(2)「改訂版ダイバーシティ経営診断ツール」の主な使い手

 

主な使い手は、企業経営、人事管理の構築、職場マネジメントに係る専門家としています。

各分野の専門家が各企業の現状を把握し「どの分野から取り組んでいくか」「何から取り組んでいくか」などを各社とコミュニケーシヨンをとりながら決め、各取組分野に精通した専門家と連携しながら「ダイバーシティ経営」の実現に取り組んでいくことを念頭に置いています。

 

2.「改訂版ダイバーシティ経営診断シート」について

 

(1)目的

 

①「改訂版ダイバーシティ経営診断シート」では、各社の「ダイバーシティ経営」の実現に向けた現状を見える化することを目的としています。

 

②シー卜は多様な人材の活躍に必要な要素別に設問が設けられ、各カテゴリーの平均点を比較することで各社の「強み」「弱み」を把握することができます。

なお、この平均点は各社のカテゴリー別の強みと弱みを把握することを目的としており、他社と比較するものではありません。

 

(2)成果

 

①「強み」、「弱み」の把握により、ダイバーシティ経営の実現に向け、取り組んでいくべき優先順位を把握することができます。

 

②各設問の取組を推進しながら、経年でカテゴリーとの点数を見ていくことで達成度やさらなる課題への深堀が可能になります。

 

③経年で実施する「改訂版ダイバーシティ経営診断シー卜」を蓄積しておくことにより、一定年数が経過した後に「(経営者の取組・人事管理制度の整備・現場管理職の取組のうち)どのような取組がダイバーシティ経営に寄与したのか」、「(経営者の取組・人事管理制度の整備・現場管理職の取組 の)3拍子と成果の関連性」などが分析可能になり、より実態に即した政策立案(Evidence Based Policy Making : EBPM) が可能となります。

 

(3)活用方法

 

①各カテゴリーの強み弱みの把握

カテゴリーごとの達成状況を基に、ダイバーシティ経営の実現に向けた自社の「強み」と「弱み」を理解し、取組の優先順位を判断することができます。

 

②経年変化の把握

定点観測期間を各社で設け、過去の結果と比較することにより、設定した目標の進埗を確認したうえで、さらに対応策を検討することができます。

 

③診断シートを経営者と作成した場合と、社員と作成した場合との記入結果の比較

経営者と社員とでそれぞれ診断シー卜を作成し、各取組に対する両者の認識ギャップをみることで、より経営者と社員のコンセンサスが取れた取組を実施することができます。

 

3.改訂版手引きについて

 

(1)改訂版手引きの概要

 

本手引きは、外部のアドバイザーが中小企業の経営者などと対話しながら、経営者が自社の人材の活躍状況を把握しこれからの組織としての取組を検討できるよう取りまとめられたものです。

 

(2)具体的内容

 

具体的には、各社が「ダイバーシティ経営」に取り組むにあたり、「なぜ『ダイバーシティ経営』に取り組むのが良いのか」といった企業からの疑問に的確に回答できる知識や、いざ「ダイバーシティ経営」に取り組むときに「どこから取り組むのか」を明らかにし説明できるよう、解説が入れられています。

 

(3)基本的活用方法

 

個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係~エンゲージメントとは

  1. エンゲージメントとは

 

「エンゲージメント」とは、「個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係」のことをいいます。

 

その根底には「個人の成長や働きがいを高めることは、組織価値を高める」「組織の成長が個人の成長や働きがいを高める」という考え方があります。

企業と従業員の結びつきが強い状態を指して「エンゲージメントが高い」と言われます。

 

エンゲージメントが高い組織には、従業員一人ひとりが企業や組織を信頼し、自身と事業の成長に向けて意欲的に取り組むという特長があります。組織力が強まり、業績の向上が期待できることになります。

 

(1)エンゲージメントとロイヤルティ、従業員満足度との違い

 

組織と個人の関係を表す言葉には、エンゲージメント以外に「ロイヤルティ(Loyalty)」と「従業員満足度」があります。

 

①ロイヤルティ(Loyalty):従業員の企業に対する忠実度を指す

 

②従業員満足度:従業員が待遇や環境、報酬に対してどれだけ満足しているかを示す

 

エンゲージメントとの違いは、結びつきの方向性です。

ロイヤルティは、従業員が企業や組織に対して忠誠心を持って行動するという上下の関係性にあります。

従業員満足度は、処遇や環境に対する評価であり、企業側の取り組みに応じて満足度が変わります。

 

これらに対して、エンゲージメントは、企業と従業員が双方向の関与によって結びつきを強めていく点が大きく異なっています。

 

 

 

 

(2)エンゲージメントが注目される背景

 

近年、エンゲージメントが人事領域で注目される背景には、日本の人事制度の変化があります。

 

①人材の流動化

 

終身雇用や年功序列といった従来の人事制度から成果主義型の報酬制度へと移行する企業の増加、副業解禁や情報技術の発展によるリモートワークの進化などの働き方の多様化の進展により、労働者側によりよい待遇や環境を求める動きが活発化し、人材の流動化が進んでいます。

 

若年層の早期離職率が上昇するなど人材不足も深刻化しており、人材の確保と育成を経営の最重要課題として挙げる企業が増えています。

 

こうした背景から、組織が個人の成長を後押しし、長期的な業績向上を目指す人事施策の重要性が認識されるようになりました。そのキーワードとなるのがエンゲージメントです。

 

②「エンゲージメント」が高い組織は、生産性が高い

 

「エンゲージメント」が広く知られるようになったのは、エンゲージメントに関する調査が進んだことも背景にあります。

人材コンサルティングを行う株式会社リンクアンドモチベーションと慶應義塾大学の共同研究によると、エンゲージメントが高い組織は営業利益率および労働生産性にプラスの影響をもたらすことがわかりました。

 

エンゲージメントの高い組織を実現できれば、人材は組織に定着し、企業の業績や生産性の向上が期待できます。

個人と企業、双方の成長に貢献するエンゲージメントは、人手不足・人材流出が課題となる現状において、重要な経営戦略の一つになっています。

 

2.エンゲージメントがもたらすメリット

 

『日本の人事部 人事白書2019』によりますと、「エンゲージメントが高まったことで得られた効果」下の図表のようになっています。

 

日本の人事部「人事白書2019」p.277より引用

 

(1)組織の活性化

 

エンゲージメントの高い組織では、従業員の仕事に対する自発的な関与や熱意が見られます。

職場の問題を自ら解決したり、積極的に意見を出したり、事業と自身の成長に向かって活発に動きがある組織風土を生み出します。

 

(2)従業員のモチベーション向上

 

エンゲージメントは、従業員自身が何を期待されているかを認識し、かつ成長機会に接するなかで、組織に貢献できている実感がある状態で生まれます。

エンゲージメントが高まると、従業員は自分の仕事と業績、顧客満足度のつながりを感じ、モチベーションが向上します。

 

(3)生産性の向上

 

エンゲージメントが高い状態とは、企業の方向性やビジョンに共感していることを示します。

職務においてやるべきことを自発的に模索し、行動に移す意欲が十分にある状態といえます。

組織への愛着も強まるため、事業課題に対して積極的に取り組む姿勢が生まれます。

こうした一つひとつの行動が、生産性の向上をもたらします。

 

(4)従業員の定着率の向上

 

エンゲージメントは、ビジョンへの共感や職場環境へのコミットメント、やりがいのある仕事など、さまざまな要素から醸成されます。

エンゲージメントが高い従業員は、労働条件だけのつながりではなく、そこで働くことの価値を見出しています。人材流出を防ぎ、定着率の向上が期待できます。

 

3.職場のエンゲージメントを高めるためのポイント

 

エンゲージメントを高めるには、給与アップや労働環境の改善だけではなく、従業員が企業のビジョンを理解したり、企業が従業員の成長を支援したりすることによって、双方が理想とする成長の方向をすり合わせる必要があります。

 

(1)エンゲージメントが高い職場とは

 

『日本の人事部 人事白書2019』のアンケートによりますと、「エンゲージメントが高い」状態として、以下の項目が挙げられています。

 

「仕事そのものへの情熱・熱意」62.9%

「会社全般への満足感」61%

「会社への愛着」60.5%

「職務への満足感」58.4%

「仕事の成果が会社に大きく貢献している状態」42.1%

 

この結果から見えるのは、エンゲージメントが高い職場では、環境や労働条件に満足しているだけでなく、従業員が仕事に意欲を持ってやりがいを感じていることです。

 

①エンゲージメントの三つの観点

 

法政大学大学院 政策創造研究科の教授・研究科長の石山恒貴氏は、エンゲージメントには次の三つの観点があると解説しています。

 

・ワーク・エンゲージメント:仕事に対する熱意がありモチベーションが高い状態

・組織コミットメント:企業への満足度が高く愛着を持っている状態

・職務への満足感:仕事内容そのものに満足している状態

 

ただし、どういった状態を「エンゲージメントが高い」と評価するかは、企業によって異なります。

エンゲージメントの高い組織づくりに取り組む際は「どの状態を目標とするか」を具体的に決め、最適な施策を検討することが重要です。

 

②エンゲージメントを高めるためのポイント

 

エンゲージメントを高めるには、個人の仕事の志向性に沿った環境や機会の提供を行う必要があります。

価値観を共有・評価し、自分たちが何をしたいのか、どうなりたいのかを対話することが、エンゲージメントの高い組織を実現する上で非常に重要です。

具体的には、以下の観点が必要になります。

 

・ビジョンへの共感

・やりがいの創出

・働きやすい職場づくり

・成長支援

 

ⅰ ビジョンへの共感

 

ビジョンへの共感は、エンゲージメントを高める上で欠かせない要素です。

ビジョンとは、企業が進むべき方向性を示すものです。

 

ビジョンへの共感をうながすには、定期的に従業員に対して情報を発信し続ける取り組みが必要です。

 

ⅱ やりがいの創出

 

エンゲージメントを高めるには、仕事のやりがいを創出する仕組み作りも重要なポイントになります。

長期的な視点で従業員にやりがいを感じてもらうには、それぞれの得意領域や意向を見極め、それぞれの「持ち味」を職場で活用する取り組みが重要です。

 

例えば、能力や経験値に応じた「適材適所」の推進や、挑戦する機会を与える社内フリーエージェント制などが挙げられます。

このほか、企業への貢献を適切に評価する人事制度の導入、権限委譲による若手のやりがいの創出といった施策も有効な方法です。

 

ⅲ 働きやすい環境づくり

 

組織へのコミットメントに大きく影響するのが、働きやすい環境です。仕事への意欲を継続するには、心身ともに健やかな状態を保つ必要があります。

心の面では、社内のコミュニケーションが活発化するほど、組織への愛着心が生まれやすくなります。

「健康経営」「ワーク・ライフ・バランスの向上」は、エンゲージメントにおいても重要です。

 

ⅳ 成長支援

 

職務への満足度を高め、「ワーク・エンゲージメント(仕事に対する熱意)」を生み出すには、それぞれの従業員が成長を実感できる仕組み作りに取り組む必要があります。

スキルアップやキャリア形成に役立つ研修を実施するなど、それぞれの成長を支援します。

 

また、エンゲージメントの高い組織作りでは、上司のコミュニケーション力も重要です。

マネジメント力やリーダーシップの強化は、組織のコミュニケーションを円滑にし、エンゲージメントの高い組織作りに役立ちます。

 

4.エンゲージメントサーベイの活用方法

 

従業員のエンゲージメントを高めるには、現状を可視化し、注力すべき課題を具体的にすることが重要です。

その手段の一つである社内調査「エンゲージメントサーベイ」について、概要と活用方法について見ていきます。

 

(1)エンゲージメントサーベイとは

 

エンゲージメントサーベイとは、従業員と企業間のエンゲージメントの状態を数値化し、現状を把握する社内調査です。

アンケート形式で、質問に答えてもらいます。

従業員の不満解消を目的とする従業員満足度調査とは、質問内容が異なる点に注意が必要です。

 

①エンゲージメントサーベイの質問項目例

 

・仕事上で、自分に何が期待されているかを理解している

・自分の仕事を正確に遂行するために必要な設備や資源を持っている

・仕事をする上で、もっとも得意とすることを行う機会を毎日持っている

・最近1週間で、良い仕事をしていると認められたり、褒められたりした

・上司または職場の誰かが自分を一人の人間として気遣ってくれる

・仕事上で、個人の成長を応援してくれる人がいる

・仕事上で、自分の意見が頼りにされていると感じる

 

②エンゲージメントサーベイの効果

 

エンゲージメントを阻害する要因は、企業によって異なります。

ビジョンの共有がネックになっているケースもあれば、上司のマネジメントのやり方が原因で部下が成長を実感できていないケースもあります。

このように、目に見えにくい課題を明らかにすることがエンゲージメントサーベイです。

 

③エンゲージメントサーベイの実施頻度

 

サーベイを実施する頻度は、一般的には年に1回のペースが多くなっています。

ただし、『日本の人事部 人事白書2019』を見ると、「業績が市況より良い」とする企業の28.6%が「半年に一回」のペースで実施しています。

 

より良い組織を作るには、現状把握と改善のスピードを上げる対応力が求められていると見ることもできます。

組織の状態は常に変化していることを前提に、職場内のギャップやズレに迅速に気づき、対策をとることが重要といえます。

 

(2)エンゲージメントサーベイの活用例

 

エンゲージメントサーベイで得た調査結果は、制度改定の参考にしたり、各階層に必要なアクションに落とし込んだりすることができます。

 

①フィードバックに生かす

 

個人、部門、管理職ごとにフィードバックし、意識づけや改善策の実施に役立てることができます。

 

②人事施策に活用する

 

人事施策や評価制度の見直しや改善、組織開発に役立ちます。

 

③従業員フォローに活用する

 

数値が低下している従業員のフォローに生かすことができます。

 

5.まとめ

 

働き方が多様化し、人材の流動化が進む現在では、良い労働条件を提示するだけでは従業員のエンゲージメントを高めることは難しくなっています。

まず、経営層がエンゲージメントについての理解を深め、経営陣としてメッセージをしっかり届けていくことが出発点です。

 

エンゲージメントの本質は、双方向に関与することによる互いの成長にあります。企業側からの一方向的な接し方ではなく、従業員それぞれの「個を理解し、意思疎通する」ことが成功の鍵を握っています。

 

達成すべき目的と目的達成のための主要な成果指標の管理方法~OKRとは?

1.OKRの基本的な考え方と特長

 

(1)基本的な考え方

 

OKRは「Objectives and Key Results」の略で、「達成すべき目標と目標達成のための主要な成果」とされています。

 

OKRという考え方は、「MBO(目標管理:Management by Objectives and Self Control)」という管理方法をより効果的にするために、「目標(Objective)」と、その目標の達成度を測る「求められる主要な成果(Key Result)」を取り入れようという考えからはじまったとされています。

 

目標と測定可能な結果をリンクさせ、達成度を測ろうとするOKRは、「目標の数値」を達成するためにはどのようなプランが必要か、達成できなかった場合の問題は何かなど、より論理的な思考に基づくことでビジネスを行いやすくすることができるとされています。

 

(2)3つの特長

 

OKRには、従来の目標管理方法と異なる、3つの大きな特長があります。

 

① 目標設定の方法

 

OKRでは、まず組織全体やチームの大きな目標を掲げ、その目標に紐づいた複数の中規模・小規模な成果を「個人(またはチームなどの下位組織)の指標」として設定します。

こうすることで、企業・チーム・個人の方向性を統一し、具体的に取り組むべきタスクの優先順位を明確にすることができます。

 

② 評価のスパンとレビュー頻度

 

従来の方法に比べて評価のスパンが短くレビュー頻度が多くなっています。

 

③ 求める達成度と評価

 

求める達成度が100%ではなく、また、個人の評価(報酬)と切り離して考えます。

 

(3)階層イメージ

 

下記の図はOKRの目標設定方法を表した図です。

まず会社組織全体として達成すべきゴールが掲げられ、その下に部署・チーム単位、個人単位の目標と成果がぶら下がります。

このようにOKRは、ひとつのO(目標)に対し、複数のKR(主要な成果)が紐づく形で成り立っています。

 

2.OKRの目標設定・評価方法

 

(1)目標設定の方法

 

OKRのObjective (目標)とKey Results(目標達成ための主要な成果)は、下記のように設定します。

 

① Objective (目標)

 

・定性的な目標であること

・組織全体の意識を高め、社員全員が高揚するような高い目標であること

・簡単すぎる目標は避け、達成度が60~70%程度となること

・1カ月~四半期で達成できる目標であること

 

② Key Results(目標達成ための主要な成果)

 

・定量的な指標であること

・1つのObjectiveに対し、2~5個程度のKey Resultsを設定すること

・「ベストをつくせば達成できる」くらいの負荷がかかる、達成可能性50%程度の難易度である目標であること

 

(2)評価の方法と頻度

 

①OKRは、1カ月~四半期ほどの短期間でレビューを繰り返し、目標の見直しや評価を行うことが推奨されています。

 

②評価の方法は、会社・組織によって異なりますが、達成度をスコアリングする方法が一般的です。

 

ひとつひとつのKR(Key Results)に対して、達成度を0~1.0の点数や、%で採点し、その平均点をO(Objective)のスコアとします。

 

③運用のなかで、決定した目標や評価を社内で共有し、各々の役割や進捗状況を明確化することもOKRの特長です。

これらの特長から、OKRは組織内のコミュニケーションを活発化させ、同じ目標を皆で達成することによる一体感を高める効果もあるとされています。

 

(3)達成度の期待水準

 

OKRが他の目標管理方法ともっとも大きく異なる点が、目標に対し、60~70%の達成度を成功とみなすことです。

OKRは、OKRの達成度と個人評価(報酬)と切り離して考えることが基本のため、社員一人ひとりの目を組織全体の「高い目標」に向けさせることができます。

 

3.OKRの運用方法

 

OKRを活用すると、組織の目標や達成すべきゴールが明確になり、個人のモチベーションアップにも役立つとされています。

 

(1)OKRの目標設定方法

 

OKRを作成する際は、まず「目標(Objective)」を決め、それに付随するいくつかの「求められる主な成果(Key Results)」を考えていくと、比較的スムーズに作成できます。

OKRは、1ヵ月や3ヵ月などと期限を決めて、目標とその達成度を測る指標を決めるという形で導入されることが多いようです。

 

「目標」を決める際には、定性的な「業績をアップさせる」といった目標でも構いませんが、OKRとして運用する場合は、数値で測れる定量的な指標=Key Resultsを設けなくてはなりません。

 

まず、会社全体としてのOKR、そして部署ごとのOKRを決めていくといったように、トップダウン式に決めていくと効率よく決めることができます。

各部署のOKRを決めるときには、会社全体の「Key Results」とリンクするよう、決めていく必要があります。

 

重要な点は、各部署のOKR達成が、会社のOKR達成に直結しているかどうかです。

会社全体が一つの目標に向かって進めるような体制を整えることで、一体感が生まれてゆきます。

 

(2)OKR作成の5原則

 

OKRを決定する際に重要なのは、目標の具体性や達成可能性などです。

その目標設定に必要な要素を簡単に説明したものが、「SMART」です。

「SMART」は、1980年代にジョージ・T・ドラン氏が発表したもので、以下の要素の頭文字をとって命名されています。

 

・明瞭であること(Specific)

・測定可能であること(Measurable)

・達成可能であること(Attainable)

・関連性があること(Relevant)

・期限があること(Time-bound)

 

(3)OKRの導入・運用方法

 

OKRの導入・運用の手順の例になります。

 

①企業(組織全体)OKRの設定

②チーム(部署)OKRの設定

③個人OKRの設定

④週に1度、短いミーティングを行い、進捗を確認

今週の優先事項、達成の自信度、阻害要因などを確認し、1週間のKRをコミットします。

「チェックイン・ミーティング」といわれる場合もあります。

⑤週に1度、チームで成果を報告

小さな進捗でもよいので、1週間の成果を発表しあいます。

「ウィン(Win)・セッション」といわれる場合もあります。

⑥全体レビューを行う

わかりやすい成果を設定していることが特長のため、評価に時間をかけすぎないこともポイントです。

⑦次の四半期に向けて①にもどります

 

4.OKRのメリット・デメリット

 

下記のようなメリット・デメリットがあるとされています。

 

(1)メリット

 

①企業全体の目標と、個人の行動がリンクする

 

②従業員の組織に対するエンゲージメントが向上できる

 

③やるべきことの優先順位が明らかになる

 

④人事評価と切り離すことで、大きな目標に挑戦しやすくなる

 

(2)デメリット

 

①従業員数が少なく、1人がマルチタスクを求められる環境では機能しにくい

 

②短期間でのレビュー・見直しなどの運用が重要な手法のため、その時間がとれない企業では機能しない

 

③高い目標を設定するぶん、未達成のストレスがかかる可能性も高まる

 

短いサイクルで目標を更新・管理していくことを考えると、マネジメント部門の体制に余力があることが重要と考えられます。

 

5.OKRの課題

 

OKRのよくある課題です。

 

①週ごとのフィードバック、四半期ごとの設定が運用しきれない。

 

②最初からフレームワークの整合性を気にしすぎ、現実ばなれした設定をしてしまったり、設定に時間をかけすぎたりしてしまう。

 

③マネージャーや管理部門の理解が追い付かない。

 

④部署や職種によっては、定量的なKRが設定しにくい。

 

OKRは、はじめて導入する企業は「たいてい失敗する」というほど、最初から完璧な運用はむずかしいといわれています。

理想のフレームワークにとらわれすぎず、自社の事情に合わせてカスタマイズやブラッシュアップを繰り返しながら、柔軟に取り組むことが導入成功につながります。。

 

6.OKRが失敗する理由・原因

 

OKRが失敗する主な理由・原因を3つ紹介します。

 

(1)大もとの会社の目標がずれている

 

チーム目標や個人目標の大もととなるのは、会社の目標です。

 

目標を立てた時点では時流やビジネス環境にマッチしたものであっても、業界によっては変化のスピードが速く、すぐに陳腐化してしまう場合があります。

 

ずれてしまった目標を達成するために、紐づく目標を立てても意味がありませんし、モチベーション低下にもつながりかねません。

 

会社の目標を、最低1年から数年間以上の期間、変えない企業もあるかと思いますが、現実との間でズレが生じた場合は、すみやかに修正する必要があります。

 

(2)KR(定量的な目標)を感覚値で設定してしまう

 

定性的なO(Objective)に対し、KR(Key Results)では、具体的な数値で目標を定めます。

KRを設定するとき、仮説検証を行わずに、なんとなくの感覚値で決めてしまうと、目標が高過ぎる・低過ぎるといったことが起こってきます。

 

高過ぎる・低過ぎる目標設定も、やはりモチベーション低下につながってしまいます。

KR設定に当たっては、現状の分析や仮説検証を行い、合理的な根拠のある数値に設定する必要があります。

 

(3)OKRを人事評価・報酬と連動させてしまう

 

OKRの達成率を、直接的に人事評価や報酬と連動させてしまうと、個人目標を立てる際に評価の低下を恐れて保守的な目標設定しかできなくなる従業員が増えてしまいます。

 

OKRでは、KRは達成可能性50%程度の難易度で立てることが一つのポイントとなります。

 

高い目標を立てて、達成のために意欲高く行動するためにも、人事評価や報酬との連動は一部分のみにとどめる必要があります。

 

 

注目されているパーパス経営~効果的なパーパス・ブランディングとパーパスの策定方法

1.パーパス(企業の存在意義)が注目されている理由

 

「パーパス(Purpose)」は、「目的、意図」と訳される言葉です。

近年では、経営戦略やブランディングのキーワードとして用いられることが多く、その場合は企業や組織、個人が何のために存在するのか、すなわち「存在意義」のことを意味します。

 

パーパスが注目されてきた理由としては、以下の点が考えられます。

 

(1)ビジネス・ラウンドテーブルの声明

 

米主要企業の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルは、2019年8月19日、「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言しました。

公表した声明には同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)のほか、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEOやゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEOなど181人の経営トップが名を連ねました。

賛同企業は顧客や従業員、取引先、地域社会、株主といった全ての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組むとしています。

投資家の影響によって短期的視点にたった利益を追求する企業が増える中、社会やコミュニティー、そこで働く人々にとっての価値提供を企業経営の目的にすべきであるという宣言によって企業にとってのパーパスが世界で注目されることになりました。

企業のパーパスと利益は決して矛盾するものではなく、企業としてしっかりとしたパーパスを持っていることが、中長期の成長にとって不可欠となります。

 

(2)SDGsやESGなどの社会課題解決への関心

 

気候温暖化対応、SDGsが掲げた課題解決、ESG投資の高まりなど、株主の利益を中心に考えてきた株主中心主義から、これらの社会課題の解決に注力する企業が高い評価を得るようになってきました。

社会課題を解決することが、株主をはじめとする企業を取り巻くステークホルダーの利益にもなり、企業の中長期の成長に資するという考え方が広まっています。

 

(3)ミレニアル世代の存在

 

1980年代から2000年前後に生まれたミレニアル世代の存在も、行動原則の見直しにつながりました。ビジネス・ラウンドテーブルの声明に加わった米運用大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、投資先企業に送った年初の手紙の中で、ミレニアル世代の6割が「会社の主な目的を利益追求より社会貢献と考えている」と指摘し、経営者に対して社会問題の解決に取り組むよう求めました。

優秀な人材の獲得や投資マネーの取り込みで、同世代の影響力を無視できなくなっています。

 

2.「パーパス・ブランディング」と「パーパス」

 

(1)「パーパス・ブランディング」と「パーパス」との違い

 

①パーパス・ブランディング

 

企業経営をパーパス(存在意義)に基づいて行うべきであるというブランディング手法です。

「パーパス・ブランディング」は、企業経営の手段としてのワードです。

 

②パーパス

 

ミッション、ビジョン、バリュー、スピリット(クレド)等、企業理念ワードの新しいカテゴリーとしてのパーパスです。「パーパス」は、企業理念におけるワードです。

 

(2)ビジネスシーンでのパーパス

 

ビジネスシーンにおけるパーパスとは、社会とのつながりを強く意識し、社会における企業の存在意義を明確にするものです。

「社会において、企業が何のために存在し、何のために事業を展開するのか」を示すことです。

 

3.「パーパス・ブランディング」とは

 

 

(1)パーパス・ブランディングの定義

 

パーパスとは存在意義であり、人や企業が経済活動をする上で、自らが大事にする価値観と社会的課題の解決をリンクさせることで、経済活動に社会的意義の実現を果たしていくことです。

 

出典:BCG次の10年で勝つ経営 企業のパーパス(存在意義)に立ち還る。ボストンコンサルティンググループ編著 日本経済新聞出版

 

人と企業、両方の存在意義の接点をうまく重ね、働く人々の価値観に添いながら、事業を通じて社会課題の解決を図っていくことになります。

働く人々は自分の価値観にかなった仕事をしながら、組織として、より大きな成果や社会への影響力を及ぼすことができるため、いつまでもやりがいと誇りを維持できるというのがパーパス・ブランディングの考え方です。

 

 

パーパス・ブランディングにおいては、企業が「自分たちは何のために存在するのか」「社会のために何ができるか」という社会との関係性において、改めて自分たちの存在意義と向き合い、事業を通じて社会が抱える課題の解決に取り組むことが目的となります。

株主だけでなく、社会、従業員、顧客といった企業に関わる全てのステークホルダーの幸せを意識し、企業としてどのような持続可能な価値を提供すべきなのかを見つめ直し、自らの存在価値を再定義し、実際の企業経営に落とし込むところが求められています。

 

(2)パーパス・ブランディングの効果

 

「株主資本主義から、ステークホルダー主義への転換という社会的変化」に加え、「環境変化やグローバル化による人材の多様化、マーケットの流動化に伴う環境変化」の2つの変化の影響があります。

この2つの変化に対応するため、企業はパーパスを明確にすることと同時に、どんな環境下でもパーパスを実現する組織としての柔軟性が求められています。

 

出典:BCG次の10年で勝つ経営 企業のパーパス(存在意義)に立ち還る。ボストンコンサルティンググループ編著 日本経済新聞出版

 

複雑性が増す企業経営において、パーパス・ブランディングが果たす役割をビジネス領域、人事領域、組織領域の3つに分けて紹介していきます。

 

①ビジネス領域

 

ビジネス戦略においては、パーパスを起点にSDGsやESGなどの観点を取り入れ、本業のビジネスと社会課題解決をうまく融合させていくことが求められています。
自分たちが積み上げてきた経験や知見を活かせる分野と社会への影響力の大きさを見比べ、最も大きな社会インパクトを出せるビジネス領域がどこかを見極めていきます。

パーパスを実現するため独自の付加価値を磨き、社会への価値提供を続けていくストーリーは、企業の顧客にとっても大きなブランド価値になっていきます。
パーパスに合わせて、これまでのブランド体験にはない、新しい顧客体験なども創出させることができます。

 

②人事領域

 

人事領域においては、パーパスを起点にした採用・育成・ローテーションに関わる人材マネジメントポリシーの統合が必要とされています。
時代にふさわしいパーパスは、使命感に共鳴する人材を採用し、ビジョン実現に向けて組織を活性化させます。
現在では優秀な人材ほど金銭面のインセンティブではなく、志に従って行動すると言われています。
ルールで縛るのではなく、組織が掲げるパーパスに共感してもらうことで、初めてエンゲージメントを得ることができるのです。

 

③組織領域

 

従来の日本型である縦割り組織は、早く正確に情報を現場に伝えることで、同じものを大量に生産するには適していますが、部署間・会社間を横断することで人材やアイデアを交換するといった新しい発想を生み出すことは不得意と言われています。。
しかし、パーパスを起点にすることで、社会や顧客への提供価値に向き合うことができれば、組織の壁を超えたプロジェクト単位の有機的な組織体制に変化することができます。
パーパスによって、従来の生産効率性を追求した縦型の機能別組織から、社会や顧客への価値提供に対して最も効果的かつ、イノベーションが起こりやすい有機的組織への移行が実現します。

 

(3)パーパス・ブランディングと日本型経営

 

パーパスの考え方は欧米では珍しく、企業経営をする上での新しいコンセプトの一つのように取り上げられていますが、実は、昔から日本では程度の強弱の差こそあれ、この思想に基づいて企業経営がされていました。
現在は、日本型の思想を再評価し、企業としての良識や道徳といった慎ましい価値観として持っておくだけではなく、より経営に直結させ、企業を前に進めていく旗印にしていこうという流れが世界で起きています。
日本で働く人や組織自体が、そもそもの起業の精神や大事にしていたはずの価値観をいつの間にか忘れてしまっているため、パーパス・ブランディングを新しいコンセプトだと思ってしまっていると考えられます。

 

4.企業の理念体系における「パーパス」とは

 

 

このパーパスは、企業理念を構成するミッション、ビジョン、バリュー、クレドといった理念言語体系に関わるものです。つまり企業理念ワードとしての「パーパス」です。

前述したパーパス・ブランディングを行うために、企業理念体系にパーパスを加えるというイメージです。

 

(1)理念体系の定義

 

理念体系と各理念ワードの定義を最初に紹介します。

 

 

①ミッション

 

ミッション(Mission)は「使命」や「任務」と訳されることが多く、企業が果たすべき使命として定義されます。

パーパスと意味が共通する部分もあり、ミッションの中にパーパスを含有している企業も珍しくありません。

パーパスとミッションの違いとして、社会とのつながりを強く意識しているかどうかが挙げられます。パーパスは、ミッションよりも社会との関連性を意識し、将来なりたい姿ではなく現在あるべき姿を指す傾向があります。

 

②ビジョン

 

ビジョンとは、その企業がどこへむかっていくのか「あるべき」「ありたい」姿、目標や方向性を言葉にしたものです。

ビジョンを策定することで、企業やチー厶、個人が成し遂げたい目標・ゴールを具体的にします。

ビジョンを社員全員が把握しておくことで、何かを決定する際に企業の方向性から外れないようにすることができます。

ミッションと同じくビジョンについても、企業によっては、パーパスとしてのテーマを含有しています。

 

③バリュー

 

バリューとは、日々ミッションを遂行し、ビジョンを実現する過程で顧客やマーケットに提供する価値をいいます。ミッションやビジョンを受けての行動指針です。

ミッションやビジョンを実現するために必要な、企業や従業員のあるべき姿を具現化しています。企業が求める人材像や、ハイパフォーマーの条件として、バリューの合致が提示されることも少なくありません。

 

④クレド

 

クレドとは、「企業活動が拠り所とする価値観・行動規範を簡潔に表した言葉」のことで、ラテン語で「我は信じる」「信条」という意味を持ちます。

クレドは、社員一人ひとりが行動する際の「信条」や「行動指針」を指します。似たような言葉に「バリュー」がありますが、これは組織としての「共通の価値観」を意味し、クレドと同じように「行動指針」として利用されている会社も多くあります。

 

「クレド」は「ミッション・ビジョン」を支える価値観であるため、ミッション・ビジョンを達成するための指針になります。ミッション・ビジョン・クレドはそれぞれ連動しています。

 

(2)理念体系におけるパーパスの定

 

理念体系において、パーパス以外のワードの定義を明確にしました。

従来の理念体系の中でパーパスがどのような役割を担うべきかについては、複数のパターンがあります。

 

①ミッションにパーパスの要素を入れる (ミッション→パーパス型)

 

企業理念体系にパーパスを取り入れるべきという主張の多くは、ミッションをパーパスに置き換える、もしくはミッションにパーパスの要素を取り入れるというものです。

現状では多くの企業が、自社のミッションに社会との接点がない自分たちの使命しか記載していないというのがその理由です。

すでにミッション=存在意義と定義しているため、パーパスに関する思想がすでにミッションに内包されている場合も多々あります。

そのような場合には、無理にミッションを変える必要はなく、パーパスとしてよりわかりやすい社会意義をミッションに加える程度でいいかと思います。

 

一方で、現状のミッションに全く社会との接点がなく、ある種独りよがりになってしまっている場合は、パーパスの要素を加えるべきです。

 

自社がミッションを遂行し、ビジョンを実現した際に、世の中の社会課題を解決し、より良い社会づくりに貢献するという自社の存在意義(パーパス)を加えていくことを考えながら追加するといいでしよう。

 

②ミッション・ビジョンをまとめてパーパスに置き換える(ミッション&ビジョン→パーパス型)

 

ミッションとビジョンの組み合わせで、使命•存在意義&ありたい姿を表現している場合は、ミッションとビジョンをあわせてパーパスにするケースも出てきます。

ミッション、ビジョンにどのような意味と役割を持たせているのかは、企業によって違いますので、一つひとつの理念ワードの役割をよく考えながら、理念体系の整理をしていきます。

 

③ミッション内にパーパスを組み込む考え方 「パーパス型ミッション」と「アイデンティティ型ミッション」

 

ミッション内にパーパスを組み込む考え方の参考として、株式会社BIOTOPE代表の佐宗氏が提案している2つのミッションの型「パーパス型ミッション」と「アイデンティティ型ミッション」という分類の仕方が、非常に参考になるのでご紹介させていただきます。

 

佐宗氏の理念体系はミッション・ビジョン・クレドで構成されていますが、ミッションとは理想と現状のギャップを埋めるものであり、そこには「自分たちは社会に何を働きかけたいのか」という社会に重点が置かれたものと、「自分たちは社会の中でどうありたいのか」と内面に重心を置かれたもの2つがあるとしています。

 

ⅰ)パーパス型ミッション

 

「我々は〇〇を欲す」と社会変革を志すミッションです。

組織が取る行動に主眼がおかれているので「Do」のミッションと言えます。ベンチヤー企業など新しい価値提供を通じて、社会変革を目指す21世紀型企業に多くなっています。

 

ⅱ)アイデンティティ型ミッション

 

「我々は〇〇であり続けるべき」と社会の中での文化創造や保全を目指すミッションです。

組織の状態そのものに主眼が置かれているので、「Be」のミッションといえます。伝統的大企業や老舗企業に多く、価値観や文化を大切にする20世紀型企業に多くなっています。

 

さらに、佐宗氏によると今後の企業は、創業者が描いた世界観に沿って忠実に活動する組織から、理念を起点にしながらも、一人ひとりが企業のパーパスを自分ごと化し、社会への価値提供アクションに変換していく、いわば“生きた存在意義”を世の中に伝播していく運動体であるべきだとしています。

 

出典:組織の「存在意義」をデザインする佐宗邦威著 DIAMOND 7\-バード•ビジネス•レビュー論文

 

5.パーパスの策定及び運用方法

 

どのようにパーパスを策定し、運用していくべきかを解説します。

 

(1)パーパスの条件

 

パーパスに必要な条件は、以下の5つです。

 

①現在の社会課題を解決するものか

 

パーパスに必要な条件は「現在の社会課題を解決するもの」であることです。

パーパスは 「将来どうあるべきか」という理想論よりも、現代社会において顕在化している課題にフォーカスします。

今まさに自分たちの身の回りに起きている課題に向き合うからこそ、ステークホルダーが自分ごととして捉えられ、共感と推進力を得られるのです。

 

②自社の利益につながるものか

 

企業は営利団体です。そのため、パーパスは単なる無償奉仕ではなく、企業の利益につながるものでなければなりません。

利益が出ない活動を続けると、企業の存続が困難になる上、投資家や従業員などのステークホルダーの離反を招くことになります。

短期的には利益につながらないとしても、長期的に見てブランドが浸透し、利益に寄与するパーパスを策定することが理想となります。

 

③自社が行うことに合理性があるか

 

パーパスでフォーカスする課題は、自社のビジネスに密接に結び付いている課題であるべきです。自社のビジネスとは全く関連性のない領域にフォーカスしたとしても、市場の理解が得られなかったり、長期的な利益に結び付かなかったりする可能性があるからです。

パーパス策定時には、「自社が行うことに対して合理性があるのか」という視点が必要です。

 

④自社が実現可能なことか

 

パーパスは、自社が実際に取り組めて、実現可能なことでなければ、掲げる意味がありません。あまりにも壮大過ぎるパーパスを掲げると、実現不可能であることが目に見えてしまい、ステークホルダーの共感を得ることはできません。

パーパスが夢物語にならないよう、「そのパーパスを策定することにより、実現できる未来を具体的に想像できるか」と考えることが重要です。

 

⑤従業員をモチベートさせ得るものか

 

パーパスは、従業員のモチベートにつながるものである必要があります。

魅力的な誇れるパーパスであることで、従業員一人ひとりが自分ごととして捉え、その企業で働く意義を見いだせるのです。

働く意義が明確になり、モチベーションが上がることで、ロイヤリティ(loyalty)やワークエンゲージメント、そして生産性の向上にもつながります。

「自分たちはどこに進むのか」を明確にするパーパスを掲げることが重要です。

 

(2)パーパス・ブランディングの実施

 

パーパス・ブランディングは、「パーパスを決めて終わり」ではありません。

企業全体に浸透させ、実際の活動に落とし込むために、事業活動としてプロジェクトを立ち上げて取り組むべきものです。

実態が伴わないパーパス・ブランディングは「パーパス・ウォッシュ」となる可能性があります。

パーパス・ウォッシュに陥ると、ステークホルダーからの信頼を失いかねず、一度失った信頼はなかなか取り戻せません。

 

パーパス・ブランディングで注意すべき「パーパス・ウォッシュ」

 

パーパス・ブランディングを行う際は、「パーパス・ウォッシュ」に陥らないよう注意する必要があります。

パーパス・ウォッシュとは、パーパスを掲げているけれど、実際には行動が伴っていないなど、見せかけだけの状態を意味します。

看板に偽りありの状態では、ステークホルダーからの信頼を失う可能性があります。

パーパス・ブランディングを推進する際には、「掲げるパーパスが正しい情報か」「パーパスが実際の取り組みとして落とし込まれているか」「メッセージだけではなく実態が伴っているか」などを確認することが必要です。

 

(3)パーパス・ブランディングの評価

 

パーパス・ブランディングの取り組みを実施した際は、内容を評価し、情報共有するべきです。

成果が出た場合は、社内外にレポートを共有することで、ステークホルダーのエンゲージメントを高められます。

評価を行うことは容易ではありませんが、行動の結果を共有することで、ステークホルダーに「パーパスの実現のため、取り組みをしっかり行っている」と理解してもらうことができます。

 

6.パーパス見直しの効果

 

パーパスを見直すことの効果は、企業のサステナビリティ向上に帰着します。

企業は、利益を追求するだけでなく、現代の社会課題にフォーカスして活動することで、従業員や社会、投資家といったステークホルダーから「信頼」と「共感」を得ることができます。

その結果、ブランドの認知向上やロイヤリティ(loyalty)の向上、ひいては利益の増加にもつながっていきます。

支援してくれるステークホルダーの数が多ければ多いほど、企業の持続的成長の可能性が高まります。

企業は、信頼と共感でつながる応援団員を増やすためにも、パーパスを明確にし、パーパスに基づいて社会課題に向き合い続けることが求められます。

EUにおけるサステナビリティ情報開示に関する法規制導入の概要

EUでは、サステナブル・ファイナンスの促進に向けた取組が幅広く進められている中で、サステナビリティ情報開示の拡大についても様々な進展があり、現在、以下の3つの柱となる法規制が提案され、順次法制化が進められています。

 

1.タクソノミー規則(Regulation on the establishment of a framework to facilitate sustainable investment)

 

2.金融機関に対するサステナビリティ情報開示規則(Sustainable Finance Disclosure Regulation、以下「SFDR」という。)

 

3.企業に対するサステナビリティ情報開示指令(Corporate Sustainability Reporting Directive、以下「CSRDJ」という。) 提案

 

EUのサステナビリティ情報開示の関する法規制の概要は以下のようになっています。

 

日本公認会計士協会ホームページより抜粋

 

1.タクソノミー規制

 

(1)タクソノミー規則の目的

 

①タクソノミーとは

 

タクソノミーとは、環境面でサステナブルな経済活動、すなわち、環境に良い経済活動とは何かを示す分類のことをいいます。

 

②タクソノミー規則とは

 

これまで、「グリーン」や「サステナビリティ」という言葉の指す意味の解釈が人によって様々であったために、投資家と企業のコミュニケーションがスムーズに行われない等の課題が生じていました。

 

こうした問題に対処するために、グリーンの定義を確立し、サステナブル・ファイナンス促進の基盤を整えることを目的としたのが、このタクソノミー規則です。欧州委員会は、2020年6月、タクソノミー規則を公布しました。

 

タクソノミー規則では、経済活動ごとにグリーンな活動を定義付けた上で、タクソノミーに関する開示要件を定めています。

 

(2)サステナブルの定義

 

以下の4項目をすべて満たした経済活動を環境面でサステナブルと定義します。

 

①6つの環境目的の1つ以上に実質的に貢献する。

②6つの環境目的のいずれにも重大な害とならない。

③最低限の社会的セーフガードに準拠している。

④技術的スクリーニング基準(上記①•②の最低基準)を満たす。

 

(3)6つの環境目的

 

6つの環境目的とは、以下の事項を指します。

 

①気候変動の緩和

②気候変動の適応

③水資源と海洋資源の持続可能な利用と保全

④循環経済への移行

⑤汚染の防止と管理

⑥生物多様性とエコシステムの保全と再生

 

(4)タクソノミー規則の適用対象

 

タクソノミー規則の適用対象は以下の3つとしています。

 

①NFRD (非財務情報開示指令)の対象となる従業員500人超の大企業

②金融商品を提供する金融市場参加者

③EU及びEU各国により採択された金融市場参加者に対する法規則で、環境的にサステナブルな金融商品や社債に関するもの

 

(5)タクソノミー規則で求める開示内容

 

上記のうち、大企業(上記①)と金融市場参加者(上記②)については、下表のように開示要件を定めています。

日本公認会計士協会ホームページより抜粋

 

①まず、NFRDにおいて非財務情報を開示することが義務付けられている従業員500人超の大企業に対して、タクソノミーの基準を満たす売上及び資本的支出(以下、CapEx)・運営費用(以下、OpEx)の開示が要請されます。

 

具体的な開示項目及び表示方法は、2021年7月6日に採択された委任法により、企業の業種ごと(非金融機関、与信機関(銀行)、投資会社、アセットマネジャー、保険・再保険会社)に定められています。

 

②次に、金融商品を提供する金融市場参加者に対しては、各金融商品が貢献する環境目的及びその貢献の程度等について、開示することが定められています。

 

③金融機関のうち、「従業員500人超の大企業」に該当し、かつ、「金融商品を提供している場合」には、事業のタクソノミーの割合を開示し、かつ、金融商品のタクソノミーに関する情報を開示することが必要となります。

 

④金融機関がタクソノミー関連の開示を行うために、投資•融資先である企業によるタクソノミーに関する開示が不可欠となります。

金融機関は、各企業が、売上、CapExの何割がタクソノミーの基準を満たすかを開示し、その情報を基に、金融機関自身の投資•融資活動や金融商品のポートフォリオの何割がタクソノミーの基準を満たすかを算定することが可能となります。

 

⑤なお、サステナビリティを考慮しない金融商品については、「当該金融商品による投資は、EUタクソノミーの基準を考慮していない。」ということを明記するのみでよいとされています。

 

(6)企業と金融機関のタクソノミー開示の関係

 

企業と金融機関のタクソノミー開示の関係は、以下のようになっています。

 

 

日本公認会計士協会ホームページより抜粋

 

(7)タクソノミー規則の適用開始日

 

タクソノミー規則の適用開始日は、環境目的ごとに時期が定められています。

 

環境目的のうち、気候変動の緩和及び気候変動への適応については、その他の環境目的に先駆けて詳細な基準が既に定められており、適用開始日は2022年1月1日となっています。

 

その他の4つの環境目的については、現在、詳細な基準が検討されており、適用開始日は2023年1月1日とされています。

 

2. SFDR

 

(1)SFDRの目的と対象者

 

欧州委員会は、2019年12月、金融商品に関する情報の非対称性を減らすことを目的として、SFDRを公布しました。

この規則は、金融商品を提供する金融市場参加者と金融アドバイザーを対象とします。

 

(2)SFDRで求められる開示項目

 

日本公認会計士協会ホームページより抜粋

 

開示項目のうち、「重要な負のサステナビリティインパクト」については、投資により生じる環境・社会に対する負の影響の開示が求められるため、投資先からのサステナビリティ情報が不可欠となります。

 

この「重要な負のサステナビリティインパクト」の具体的な内容として、RTS案では、GHG排出、生物多様性、水、廃棄物、男女間賃全格差等の指標の開示が必須となっています。

 

金融機関がこうした指標に関する開示を実施するためには、投資先の各企業においてGHG排出等のサステナビリティ指標の開示がなされる必要があります。

これらの開示を各企業に要請するのが、CSRD 提案です。

 

(3)開始時期

 

適用開始は、一部の条項を除き 2021年3月10日であり、既に適用が始まっています。

ただし、パンデミックの影響等により、本規則の詳細を定めるRTS (Regulatory Technical Standard) の公表が 2021年7月以降に延期されることとなったため、現在は、詳細な定めがないなか、SFDRで定められている内容のみに準拠した開示を行い、2022年1月よりRTSに基づく開示が開始される予定です。

 

3.CSRD提案の概要

 

(1)CSRD提案のポイント

 

今回のCSRD提案のポイントとしては、下記の4点が挙げられます。

 

①すべての大企業、上場企業が対象

②サステナビリティ情報をマネジメントレポートの中で開示することを義務化

③EUサステナビリティ開示基準(今後策定)に準拠した開示を義務化

④サステナビリティ情報および開示プロセスの保証を義務化

 

(2)対象企業

 

NFRDの下では、従業員500人超の企業が適用対象となっていましたが、CSRD提案では、対象範囲を拡大し、すべての大企業およびEU規制市場に上場するすべての企業(ただし、上場零細企業を除く)が対象となります。

 

EUにおける大企業とは、以下の3つの基準のうち、2つの要件を満たす事業体です。

 

①貸借対照表合計:20百万ユーロ

②純売上高:40百万ユーロ

③会計年度中の平均従業員数:250人

 

これにより、対象企業数は、NFRDでは11,600社であったものが、約49,000社になるとされています。

 

EU圏外の企業であっても、適用対象の基準に該当する場合には、当規則に従わなければなりません。

したがって、日系企業も、EU規制市場に株式等を上場している場合やEUに拠点を置く子会社が大企業に該当する場合には、適用対象になると考えられます。

 

(3)開示媒体

 

①マネジメントレポートにおける開示と変更の背景

 

今回のCSRD提案においては、サステナビリティ情報は、マネジメントレポートの中で開示することを義務化し、その他の媒体での開示を認めないこととしました。

EUにおけるマネジメントレポートは、財務報告書と共に財務年次報告書による法定開示の構成要素ですので、今回の提案は、年次報告書におけるサステナビリティ情報開示を義務付けるものになります。

 

従来、サステナビリティ情報の開示箇所については、NFRDでは、マネジメントレポートの中での開示を原則としつつ、開示箇所をマネジメントレポートの中で示す場合には、マネジメントレポート以外で開示することも認められていました。

 

変更の背景には、マネジメントレポート以外で開示する場合、財務情報とサステナビリティ情報の結合性が不明確となること、サステナビリティ情報が財務情報に比べて重要性が低いような印象を与える可能性が指摘されたことが挙げられます。

 

②情報開示

 

マネジメントレポートで開示されるサステナビリティ情報は、デジタル形式で開示し、情報をマークアップ(タグ付け)することが求められます。

マークアップされた情報は、EUが創設を検討している企業の財務•サステナビリティ情報のプラットフォーム「European Single Access Point (ESAP)」に集約される予定です。

 

(3)開示情報の内容

 

①ダブルマテリアリティ適用の明確化

 

開示すべき要素の検討の際に重要となるマテリアリティの視点については、CSRDではダブルマテリアリティの考え方を採り、以下の両面から開示を行うことを求めています。

 

a)企業に影響を与えるサステナビリティ要素

 

b)企業が人々や環境に与えるインパクト

 

NFRDにおいてもこの考え方を採っていたものの、曖昧な表現であったため、適切に対応していない企業も散見されました。

そこで、CSRD提案では、ダブルマテリアリティの考えを明確化し、各マテリアリティの視点でそれぞれ検討し、どちらか一方の視点で重要とされた項目は開示対象となるということを示しています。

 

②詳細な開示項目に関する規定

 

CSRD提案では、NFRDと比べて、開示項目をより詳細に規定することが提案されています。

 

例えば、ビジネスモデルと戦略についての記述には以下の情報を含むべきとしています。

 

a)サステナビリティ関連リスクに対するビジネスモデルと戦略のレジリエンス

b)サステナビリティに関する機会

c)サステナブル経済への移行等を前提としたビジネスモデルと戦略を実行するための事業計画

d)サステナビリティに関するステークホルダーの利益と企業へのインパクトについて、ビジネスモデルと戦略での考慮方法

e)サステナビリティに関する戦略の実施状況

 

その他にも、サステナビリティに関する目標とその進捗状況、バリューチェーンにおける負のインパクトとそれを防止するための対応とその結果など、進捗や実績に関する要件が拡充されています。

 

(4)EUサステナビリティ開示基準

 

①EU独自のサステナビリティ開示基準

 

上述の開示要件に関する報告事項を明確に定めるために、CSRD提案では、EU独自のサステナビリティ開示基準を策定することを求めています。

 

この背景には、NFRD の下では、拘束力のない非財務情報ガイドライン(2017年)や、気候関連情報ガイドライン(2019年)を公表したものの、開示の質を十分に改善できなかったため、必要な情報が比較可能な状態で開示されるためには、強制力のある報告基準が必要であると考えられたという経緯があります。

 

基準の策定は、欧州財務報告諮問グループ (EFRAG)が行い、委任法として採択される予定です。

なお、EFRAGでは、先行してガバナンス体制を強化し、EFRAGの中に財務報告と非財務報告の委員会を並列に設置する予定です。

 

②サステナビリティ開示基準で開示すべき情報

 

サステナビリティ開示基準では、環境、社会、ガバナンスに関して開示すべき情報として、以下の項目を含むことを提案しています。

 

 

③サステナビリティ開示基準の策定方法

 

サステナビリティ開示基準の策定は2段階で行われます。

 

欧州委員会では、まず、2022年10月31日までに最初の基準を採択します。この最初の基準では、企業が上述のビジネスモデルや戦略等の開示項目について報告すべき情報を定めます。また、この基準で、SFDRに遵守するために金融市場参加者が必要とする情報を、企業が開示することを要請します。

 

そして、第2弾の基準は、2023年10月31日までに採択します。第2弾の基準においては、最初の基準での開示を補完する情報やセクター特有の情報を定める予定です。

 

④サステナビリティ開示基準の見直し頻度

 

サステナビリティ開示基準は、既にサステナビリティ情報開示を行う企業に不必要な負担を負わせないように、GRIやSASB、IIRC、TCFD、CDSB、CDP等の国際的なサステナビリティ開示フレームワークの内容も考慮に入れるものとします。

また、IFRS財団による国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立の動きも考慮しつつ、グローバルなサステナビリティ開示基準のコンバージェンスに貢献する意思も示しています。

こうした国際的な開示フレームワークの進展等を考慮するために、少なくとも3年毎に基準を見直すこととされています。

 

(5)サステナビリティ情報の保証

 

①サステナビリティ情報の保証者

 

CSRD提案では、サステナビリティ情報に対して、法定監査人または監査法人(以下「監査人等」という。)による保証の提供を義務付けています。

 

CSRD提案文書では、NFRDでの、監査人等に非財務情報の開示を確認することを求める程度で、保証までは求めていないような状況は、サステナビリティ情報の信頼性が脅かされ、利用者のニーズを満たさない可能性があるとしています。

 

②保証レベル

 

サステナビリティ開示の保証に関しては、特に将来の見通しや定性的な開示に関する合理的な保証の実施方法について、現時点では合意された基準がなく、期待ギャップが生じるおそれがあり、サステナビリティ情報に求める保証レベルは段階的に高めることが望ましいと考えられることから、今回の提案では、限定的保証を求めることとされました。

 

具体的には、以下の項目に適合しているかどうかを評価します。

 

a)EUサステナビリティ開示基準への適合性

b)企業の開示情報の特定プロセス

c)マークアップの要件への適合性

d)タクソノミー規則第8条の報告要件への適合性

 

そして、適用開始から3年以内に、より厳格な保証要件である合理的保証に引き上げることも検討することとされています。

 

③保証提供者

 

なお、監査市場における需要過多により、監査人の独立性を脅かすおそれや、監査費用の高騰を招く可能性があるため、EU加盟国において、保証提供者を監査人等だけでなく、保証サービスプロバイダーに拡大することも許容されています。

 

(6)CSRD及びサステナビリティ開示基準の今後のスケジュール

 

CSRD提案は、今後、欧州議会及び欧州理事会において検討が行われます。

並行して、EFRAG ではサステナビリティ開示基準の検討を進め、2022年半ばに基準案を公表することを目指しています。

CSRD及びサステナビリティ開示基準が、いずれも2022年中に採択された場合、企業は2023年1月以降に開始される会計年度から適用を開始することになるため、最初の開示は2024年中に始まることになります。

 

4.今後のスケジュール

 

タクソノミー規則、SFDR及びCSRD提案について、スケジュールを以下の表にまとめています。

サステナブル•ファイナンスの主体となる金融機関における開示が先行し、その後、企業向けの開示が導入される予定となっています。

金融機関による開示は、企業の開示情報をベースに行われるため、金融機関の開示が先行している現在のスケジュールについては批判もあり、今後の検討によってはスケジュールが変更される可能性も考えられます。

 

日本公認会計士協会ホームページより抜粋

コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂の概要

2021年4月6日に、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下「フォローアップ会議」)が、「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」と題する提言(以下、「本提言」という。) を公表しました。

 

本提言を受け、コーポレートガバナンス・コードの改訂案及び投資家と企業の対話ガイドラインの改訂案について、それぞれパブリックコメント手続が行われ、2021年6月11日にコーポレートガバナンス・コードの改訂版 (以下、「改訂版コード」という。) と「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂版(以下、「改訂版ガイドライン」という。) が、公表されました。

 

1.改訂の概要

 

(1)コーポレートガバナンス改革を巡る課題

 

本改訂は、本提言において示されたコーポレートガバナンス改革を巡る3つの課題に対応したものとなっています。

 

①取締役会の機能発揮

 

②企業の中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保

 

③サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組み

 

(2)上記以外の課題

 

上記以外の主な課題として、プライム市場に上場する「子会社」における独立社外取締役の過半数選任又は利益相反管理のための委員会の設置や、監査に対する信頼性の確保及び内部統制・リスク管理、プライム市場上場会社における議決権電子行使プラットフォーム利用と英文開示の促進等の内容等についても、対応する改訂が行われています。

 

(3)プライム市場以外の市場の上場会社

 

改訂版コードには、プライム市場上埸会社向けの原則・補充原則が含まれています。

本提言においても示されているように、その他の市場の上場会社においても、プライム市場上場会社向けのガバナンス項目を参照しつつ、ガバナンスの向上に向けた取組みを進めることが望まれています。

 

2.取締役会の機能発揮

 

(1)取締役会における独立社外取締役比率

 

①取締役会の役割

 

取締役会には、事業環境の不連続性を踏まえた上で、経営者の迅速・果断なリスクテイクを支え重要な意思決定を行うとともに、実効性の高い監督を行うことが求められています。

 

②独立社外取締役の比率

 

改訂版コードにおいては、原則4-8 を改訂し、特に「我が国を代表する投資対象として優良な企業が集まる市場」であるプライム市場の上場会社においては、独立社外取締役を3分の1以上選任するよう求めています。

 

また、それぞれの経営環境や事業特性等を勘案して過半数の独立社外取締役の選任が必要と考える場合には、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきであるとしています。

 

③独立社外取締役の人選

 

加えて、本提言では、独立社外取締役は、形式的な独立性にとどまらず、本来期待される役割を果たす人材が選任されるべきであり、本来期待される役割を認識しつつ、役割を発揮していくことが重要となるとの考え方が示されています。

 

(2)取締役会が備えるべきスキル等の組合せ

 

①適切な組み合わせの必要性

 

「フォローアップ会議」が公表した、「コーポレートガバナンス改革の更なる推進に向けた検討の方向性」と題する意見書(以下、「意見書」)では、取締役会が、経営者の迅速・果断なリスクテイクを支え重要な意思決定を行うとともに、実効性の高い監督を行うためには、取締役の知織・経験・能力、さらには就任年数などの適切な組合せの確保が必要不可欠であると指摘しています。

 

また、本提言では、中長期的な経営の方向性や事業戦略に照らして必要なスキルが取締役会全体として確保されることは、取締役会がその役割・責務を実効的に果たすための前提条件であるとの考え方が示されました。

 

②取締役のスキル等の開示

 

上記の指摘を踏まえ、改訂版コードにおいては、補充原則 4-11①を改訂し、取締役会が経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組合せを、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきとしています。

また、その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきとしています。

 

(3)指名委員会・報酬委員会の設置

 

①フォローアップ会議の指摘

 

フォローアップ会議では、指名委員会・報酬委員会について、期待される機能発揮のためには独立性の確保が重要な要素の1つであるにもかかわらず、現状では十分ではないとの指摘がありました。

また、指名委員会・報酬委員会にいかなる役割や権限が付与され、どのような活動が行われているのかが開示されていない場合が多いとの指摘もありました。

 

②各委員会に関する開示

 

上記の指摘を踏まえ、改訂版コードにおいては、補充原則 4-10①を改訂し、プライム市場上場会社について、各委員会の構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とし、その委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割等を開示すべきとしています。

 

「構成員の過半数を独立社外取締役とすることを基本とする」とは、構成員の過半数を独立社外取締役とすることだけではなく、各社において取締役会の機能発揮をより実効的なものとする観点から必要と考える独立性が確保されているかという点を適切に判断することとしています。

 

(4)筆頭独立社外取締役・取締役会評価・取締役会議長

 

フォローアップ会議においては、筆頭独立社外取締役の活用や、取締役会議長の独立性の確保、取締役会評価についても議論が行われました。

 

こうした議論や企業における取組状況等を踏まえ、改訂版ガイドラインにおいては、3-7、3-8を改訂するとともに、4 – 4 -1を新設しました。

筆頭独立社外取締役の活用や、取締役会議長の独立性の確保、委員会の評価や各取締役の個人評価を機関投資家と企業との対話において重点的に議論することが期待されるとしています。

 

3.企業の中核人材における多様性の確保

 

(1)フォローアップ会議の指摘

 

フォローアップ会議では、企業経営にとって多様性はイノベーションや新しい価値創造の源泉だとの指摘が多くされました。

取締役や経営陣における多様性を確保するためには、企業の中核人材たる管理職においてもその多様性が確保されていることが重要であるとの指摘もされました。

 

ジェンダーについて、例えば、女性の管理職比率の状況をみると、緩やかに上昇しつつあるものの、国際的に比較しても低い水準にあり、また、上級管理職となるにつれて比率が低くなる傾向があります。

職歴の多様性の1つとしての中途採用や、国際性の観点の例としての外国人の役員への登用に着目し、そうした観点からの多様性の確保も不十分であるとの指摘もされています。

 

(2)多様性の確保の開示

 

①多様性の確保の考え方と目標

 

女性・外国人・中途採用者は、「多様性」の要素の中でも、日本の上場企業において特に対応を進めるべき重要な課題と考えられると指摘されたことから、原則2-4の求める「多様性の確保」の対象にこれらの要素が含まれることが、補充原則2-4 ①において明確化されました。

 

補充原則2 -4①では、上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきとしています。

 

②多様性確保の方針と実施状況

 

フォローアップ会議では、社内の多様性を確保するためには、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針を整備することも重要だとの指摘がありました。

 

こうした指摘を受けて、補充原則2-4①後段においては、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきとしています。

 

4.サステナビリティを巡る課題への取組み

 

(1)サステナビリティの要素と取締役会による取組み

 

①フォローアップ会議の指摘

 

フォローアップ会議では、投資家と企業の間のサステナビリティに関する建設的な対話を促進する観点から、サステナビリティに関する開示が行われることが重要であるとの指摘や、人的資本や知的財産への投資等の重要性についての指摘がありました。

 

サステナビリティに関しては、「持続可能な開発目標」(SDGs) が国連サミットで採択され、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への賛同機関数が増加するなど、サステナビリティが重要な経営課題であるとの意識が高まっています。

 

また、新型コロナウイルスの感染拡大を経て、これまで注目されてきた気候変動をはじめとする「E (環境)」のみならず、従業員の健康・安全や人材への投資といった観点から「S (社会)」 の要素についても注目が高まっています。

 

②改訂版コード

 

(a) サステナビリティを巡る課題

 

取締役会は、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきとし、補充原則2-3①を改訂しています。

 

また、補充原則 3-1③を新設し、上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきとしています。

また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきとしています。

 

「サステナビリティを巡る課題への対応」として 「気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理」といった要素を例示しています。

 

(b) 自社のサステナビリティを巡る取組み

 

補充原則4-2②前段において、取締役会の責務として、「中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべき」としています。

 

(c) 人的資本への投資や知的財産の創出

 

人的資本への投資や知的財産の創出が企業価値に与える影響が大きいとの指摘等に鑑み、補充原則4 – 2②後段においては、人的資本・知的財産への投資等をはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うことを求めています。

 

(d) 対話ガイドライン

 

フォローアップ会議においては、サステナビリティに関する委員会を設けるなど、社内の体制面を整えることでサステナビリティに関する取組みを一層進めることが重要であるとの指摘があったことから、対話ガイドライン1-3を新設しています。

 

(2)TCFD開示への取組み

 

①現 状

 

気候変動に関する開示については、現時点において、TCFD 提言が国際的に確立された開示の枠組みとなっており、日本企業においても、TCFD賛同機関数が増加するなど、開示に 対して積極的に取り組む動きがみられます。

 

主要国においても、TCFD提言を国内法制化する動きが加速化しています。

 

②改訂版コード

 

補充原則3-1③においては、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFD又はそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきとしています。

 

国際会計基準の設定主体であるIFRS財団において、TCFDの枠祖みにも拠りつつ、気候変動を含むサステナビリティに関する統一的な開示の枠組みを策定する動きが現在進められています。

今後、IFRS財団におけるサステナビリティ開示の統一的な枠組みがTCFDの枠組みにも拠りつつ策定された場合には、これがTCFD提言と「同等の枠組み」に該当するものとなることが期待されます。

 

5.監査に対する信頼性の確保及び実効的なリスク管理

 

(1)フォローアップ会議の議論・指摘

 

①内部監査部門

 

内部監査部門が一定の独立性を持って有効に機能するよう、取締役会や監査役会等に対して直接報告が行われる仕組みの確立を促すことの重要性を指摘しています。

 

こうした内部監査の問題をはじめ、監査に対する信頼性の確保に向けた取組みについて検討を進めることとされました。

 

②監査の信頼性の確保と実効的なリスク管理の在り方

 

企業活動のグローバル化にともなうグループマネジメントの重要性や、デジタル化などにともなう新たなリスクに対する多様な視点からのマネジメントを認識しておくことの重要性が指摘されました。

 

③デュアルレポーティングライン

 

内部監査部門の機能発揮のために、内部監査部門によるいわゆるデュアルレポーティングラインの重要性も指摘されました。

 

(2)改訂版コード

 

①内部監査部門

 

改訂版コードでは、補充原則4 -3 ④を改訂し、取締役会に対して、グループ全体を含めた内部統制と全社的リスク管理体制を適切に構築し、内部監査部門を活用しつつ、その運用状況を監督することを求めています。

 

②内部監査部門の報告

 

補充原則4 -13③では、内部監査部門と取締役・監査役との連携の確保の一環として、内部監査部門が取締役会及び監査役会に対して適切に直接報告を行う仕組みを構築することを例示しています。

 

③監査役の独立性

 

監査役の独立性の実質的な担保が必要である等の指摘を踏まえ、改訂版コードでは、原則4-4を改訂し、監査役が、その選解任や監査報酬に係る権限の行使などの役割・責務を果たすに当たって、独立した客観的な立埸において適切に判断を行うべきことを明示しています。

 

(3)対話ガイドライン

 

①監査役の選任手続き

 

対話ガイドライン3-10において、監査役が適切な手続を経て選任されているか否かが、機関投資家と企業との対話において重点的に議論することが期待される事頂とされました。

 

②適正な会計監査の確保

 

対話ガイドライン3-11では、監査役について、監査上の主要な検討事項の検討プロセスにおける外部会計監査人との協議を含め、適正な会計監査の確保に向けた実効的な対応を行っているかという点が追加されました。

 

③内部通報制度

 

内部統制やリスク管理体制の実効性確保のためには、内部通報制度が実効的に適用されていることが重要となります。

対話ガイドライン3-12では、内部通報制度の運用の実効性を確保するため、内部通報に係る体制・運用実績について開示・説明する際には、これが分かりやすいものとなっているかという点が示されました。

 

6.今後の予定

 

(1)コーポレートガバナンス報告書

 

本改訂にともない、上場会社は、遅くとも2021年12月までに、改訂版コードに沿ってコーポレートガバナンス報告書の提出を行うこととされています。

 

また、プライム市場上場会社のみに適用される原則等に関しては、2022年4月4日以降に開始される各社の株主総会の終了後、速やかにこれらの事項について記載したコーポレートガバナンス報告書を提出することとされています。

 

(2)プライム市場以外の市場の上場会社

 

このほか、本提言では、プライム市場以外の市場の上場会社においても、プライム市場上場会社向けのガバナンス項目を参照しつつ、ガバナンスの向上に向けた取組みを進めることが望ましいといった考え方が、併せて示されています。

非財務情報の充実と情報の結合性に関する考察~開示府令・記述原則・好事例集の分析等による説明

会計制度委員会研究資料第6号「非財務情報の充実と情報の結合性に関する実務を踏まえた考察」(以下、「研究資料」)が2021年 4 月15 日に日本公認会計士協会から公表されました。

 

その中から「規則やガイドライン等における結合性の説明」を見てみましょう。

 

1.ディスクロージャーワーキング・グループ報告による提言

 

2018年6月に金融審議会より公表された「ディスクロージャーワーキング・グループ報告~資本市場における好循環の実現に向けて~」(以下、「DWG」報告」)では、財務情報及び記述情報の開示は、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業の建設的な対話を促進することにより、経営の質を高め、企業が持続的に企業価値を向上させる観点から重要であるとされ、その中でも記述情報の開示の充実に向けて多くの提言がなされました。

 

(1)DWG報告は、企業情報における「結合性」の点について、日本企業の経営戦略に関する開示には、以下の課題があると指摘しています。

 

①全体として見ると、企業の中長期的なビジョンに関する具体的な記載が乏しい

 

②MD&Aやリスク情報との関連付けがない

 

(2)このように、開示実務の課題の1つとして、情報間の「結合性」の欠如が示唆されており、経営戦略、ビジネスモデルの開示において、DWG報告では、以下のような提言がされています。

 

①企業の目的と経営戦略、ビジネスモデルについて、取締役・経営陣が積極的に自らコミットしてその見解を示すことが必要であり、投資家が適切に理解することができるよう経営戦略の実施状況や今後の課題を示しながら、MD&AやKPI、リスク情報とも関連付けて、より具体的で充実した説明がなされるべきである。

 

②ビジネスモデルについて、企業がどのように事業を行い、どのように中長期的な価値創造に取り組んでいるのかを明確にするとともに、企業の目的や経営戦略と関連付けて説明し、投資家による経営戦略の適切性や実現可能性の考察に資するものとすべきである。

 

2.開示府令における「結合性」に関する要求事項

 

DWG報告の提言を受けて、2019年1月に開示府令が改正されました。

 

有価証券報告書の非財務情報における以下の項目について、情報間の「結合性」に関連する改正が行われています。

 

①経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 (開示府令第二号様式記載上の注意(30)b)

 

②事業等のリスク (開示府令第二号様式記載上の注意(31)a)

 

③経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (開示府令第二号様式 記載上の注意(32)e)

 

3.記述情報の開示に関する原則及び好事例集における結合性に関する内容

 

DWG報告を踏まえて、金融庁から記述原則及び好事例集が公表されています。

 

記述原則は、企業情報の開示の考え方、望ましい開示の内容や取組方法を示すものであり、開示書類の作成者が、この原則に沿った開示が実現しているか、自主的な点検を継続することを期待して、作成・公表されたものです。

 

さらに、開示に関するルールやプリンシプルベースのガイダンスの整備に加え、適切な開示の実務の積み上げを図る取組も必要と考えられることから、企業開示の好事例を全体に広げるための取組として、好事例集が公表され、継続的な更新が行われています。

 

(1)記述情報の開示に関する原則

 

①記述原則では、総論においては、記述情報全般に係る基本的な原則が説明されており、各論においては、記述情報のうち経営方針、リスク情報、MD&A等の記載項目ごとに基本的な考え方や望ましい開示の在り方、開示を改善するための取組について説明されています。

 

②結合性については、「「経営方針・経営戦略等」と「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」など、関連性のある記述情報については、例えば、一方の開示内容を他方の開示内容にも反映させるなど、記載を相互に関連付けることにより、全体としての企業の理解に資する記載とすることが望ましい。」といった記載があります。

 

(2)記述情報の開示の好事例集の分析

 

企業情報の開示の好事例を全体に広げることを目的として、2019年3月に金融庁から公表された好事例集は、2020年11月、2021年2月及び3月に事例の追加・公表が行われています。

各事例については、好事例として着目したポイントがコメントされており、どのような点を改善するべきなのか具体的に理解できるようになっています。

 

研究資料では、記述原則における開示方法の工夫と開示内容の充実という切り口から、好事例のコメントについて横断的に確認し、好事例においては、どのような情報が相互に結合されているのかという観点から分析が行われています。

 

①開示方法の工夫

 

開示方法の工夫に関連して、好事例とした理由のうち最も頻度が高かった上位5件は以下のようになっています。

 

順  位 好 事 例 と し た 理 由
1 具体的に説明している。
2 情報を関連付けて説明している。
3 経営者の視点で説明している。
4 図表を用いて分かりやすく説明している。
5 記載が簡潔である。

 

②情報の結合性

 

好事例として取り上げられたもののうち、情報の結合性の観点から評価されていた事例について確認しています。

相互に関連付けが行われている情報の組み合わせパターンのうち、最も頻度が高かった上位5件は以下のとおりです。

 

順  位 好 事 例 と し た 理 由
1 戦略・課題
2 経営環境・戦略
3 リスク・戦略
4 セグメント・リスク
5 経営環境・リスク

 

上位5件において、関連付けが行われている要素は、戦略、リスク、経営環境、課題、セグメントの5つであり、戦略とリスクの登場頻度が最も多く、この2つの要素が結合性を高める上での鍵になると考えられます。

 

4.情報の結合性に関する考察

 

研究資料では、企業情報開示において情報間の結合性がなぜ求められるのか、求められる結合性の側面を考察しています。

 

(1)情報開示における結合性の必要性

 

①企業の価値創造ストーリーの伝達

 

ⅰ)企業報告において、企業の価値創造ストーリーを伝達することの重要性の高まり

 

自社の強みや外部環境の変化の状況を踏まえ、将来に向けてどのような価値を創造し、どのように企業価値を高めていくか、リスクに対してどのように対処していくかといった未来志向の包括的な情報開示が求められています。

 

ⅱ)企業の価値創造ストーリーを効果的に伝達するためには、情報同士の結合性が重要

 

価値創造ストーリーの伝達においては、財務情報だけでなく、定性・定量的、多様な非財務情報の開示が必要と考えられます。非財務情報は、企業経営者による認識、意思、実績及び評価を表す情報から構成されます。

 

中長期的な視点で投資判断を行う投資家は、企業価値に影響する財務情報・非財務情報などの多様な要因を分析することによって、各種情報を一体的に活用しています。

言い換えれば、各情報は企業価値評価のためのインプット・ファクターであり、投資家にとって各情報の相互関係性の理解が重要となります。

 

②財務情報コンテクストの提供

 

ⅰ)財務情報と非財務情報

 

財務情報は、企業のビジネスモデルの構築、戦略の立案及び遂行、リスクへの対応といった一連の経営行動の帰結としてのある時点における結果を表すものであり、一方で、非財務情報は、財務情報のコンテクストを提供します。

 

利用者である投資家は、財務情報をそのまま利用するのではなく、ビジネスモデル、戦略、当年度に発生した事象や企業の経営行動や判断についての背景の理解に基づき、自らの企業価値評価モデルに活用します。

 

ⅱ)情報の相互一貫性

 

非財務情報のうち戦略やリスクといった将来志向の情報は、財務情報の先行情報としての性格を有しています。

企業が開示する財務情報の多くは過去の取引実績を基礎としますが、いわゆる会計上の見積りは、企業の将来業績に対する見通し及び不確実性に関する認識を反映しており、将来志向の情報としての性格も併せ持っています。

 

こうした将来見通しは、非財務情報として開示される経営環境認識、経営戦略及びリスク認識を基礎とするものであり、相互一貫性が求められます。

 

③KPIによる多角的実績の提示

 

ⅰ)財務・非財務指標、業績評価指標(KPI)の重要性の高まり

 

以前から、財務諸表とMD&Aの結合性は求められてきていますが、MD&Aにおいては財務だけでなく非財務業績も含めた分析、評価、考察に関する情報開示が求められるようになっています。

 

さらに、財務KPIやNon-GAAP指標の開示が広がる中、これらの数値情報の信頼性確保と一貫した開示を担保する観点から、監査済み財務諸表との整合性を確保するとともに相互関連性を説明することの重要性が増しています。

 

ⅱ)業績連動型報酬

 

経営者や取締役へのインセンティブの観点から、役員報酬がどのように設計されているかについて投資家からの関心が高まっていますが、業績連動型の報酬を採用している場合、特に財務・非財務に関する業績を表すKPIとどのように関連しているかが重要な情報となっています。

 

(2)結合性強化のための枠組み

 

こうした情報の結合性に対する要請を踏まえ、企業報告の側面から結合性を高めるための枠組みを整理しています。

 

①ビジネスモデルと経営戦略を軸とする結合性

 

企業の価値創造ストーリーを伝達する観点から、企業のビジネスモデルと経営戦略を軸とする情報の体系化が求められます。

価値創造の基盤となるものがビジネスモデルであり、当該ビジネスモデルの実現可能性を評価する観点から、特に、資源配分と資本調達に関する戦略が重視されます。

 

経営環境認識、リスク認識、業績等に関する情報は、こうしたビジネスモデル及び戦略の背景や結果情報として位置付けることができます。

 

経営研究調査会研究報告第59号「長期的視点に立った投資家行動に有用な企業報告〜非財務情報に焦点を当てた検討〜」では、長期的視点の投資家行動に有用な企業報告を実現する観点から、開示情報が企業価値の財務的評価につながる情報となっていることの重要性を指摘しています。

以下の4点を重要ポイントとして挙げています。

 

(ⅰ)生産性、成長性及びリスク評価に資する開示、

(ⅱ)企業の将来像(ビジョン、ビジネスモデル)と背景要因の提示、

(ⅲ)現在と将来をつなぐ「戦略」(資源配分の方針及び計画)の開示及び

(ⅳ)資本政策の説明

 

②情報の要素・項目間の結合性

 

多種多様な情報が開示されるようになっている開示実務においては、情報の要素・項目間での結合性が求められます。

 

(ⅰ)企業が目指すビジネスモデルやリスク認識は、企業の現在から将来にわたっての外部環境及びその変化に関する認識を基礎とするものでなければならなりません。

 

(ⅱ)MD&Aとして開示される業績評価のための情報は、財務・非財務に関する業績を説明するものであるため、KPIとの結合性はもとより、報告対象期間における外部環境や戦略の進埗に関する認識と評価を踏まえたものである必要があります。

 

③財務情報と非財務情報の結合性

 

企業の価値創造ストーリーを伝達する観点から、ビジネスモデル、戦略、リスクに関して、財務情報と非財務情報を組み合わせて効果的に説明することが求められます。

 

経営環境の見通し、将来のビジネスモデル、中長期戦略、リスク認識に関する情報は、将来の財務的な価値につながる財務先行情報としての性格を有しています。

 

財務報告における会計上の見積りは、こうした将来志向の情報を基礎とするものであり、情報の時間軸を考慮しつつ、財務・非財務情報の結合性を高めていくことが重要となります。

 

あわせて、財務情報のコンテクストを表すという非財務情報の性格から、現在の外部環境、戦略(進行中の中期計画など)、MD&A、非財務KPIについては、財務実績と整合的かつ適切に関連付けされた開示が求められます。

 

④定量KPI (評価)と定性記述の結合性

 

戦略の進埗状況や業績を表すKPIについては、実績数値だけでなく、当該実績及びその背景にある要因に関しての経営者による分析、評価を提示することによって、情報利用者が戦略の進涉や業績に対する深い理解を獲得し、自らの評価に反映する際の手助けとなります。

 

(ⅰ)企業情報開示においてMD&Aとして説明が求められてきた内容ですが、財務業績だけでなく、非財務面の実績を表すKPIについても、分析の対象を拡張することが必要となります。

 

(ⅱ)戦略等に関する定性的な記述においても、過去の実績情報や定量的なデータを基礎とすることで、その説得力を高めることにもつながります。

 

(ⅲ)近年、取締役等に対するインセンティブとしての有効性を説明する観点から、こうした業績と役員報酬がどのように関連付けられているかの説明が重要となっています。

役員報酬におけるKPI実績との連動性について制度設計の背景にある考え方と当年度実績の説明が求められます。