1. 国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立
投資家のサステナビリティ情報を含む非財務情報へのニーズの高まりを受け、、IFRS財団(以下、財団)は2020年9月及び2021年4月にそれぞれ「サステナビリティ報告に関する協議ペーパー」と「IFRS財団定款の的を絞った修正案」を公表し、利害関係者からコメントを募集しました。
コメントでは、以下の項目についての対応が求められました。
① 国際的に一貫し、比較可能なサステナビリティ報告が緊急に必要であること
② IFRS財団が関連基準の設定において主導的な役割を果たすべきという幅広い要望があり迅速な行動が求められていること
これを受けて、IFRS財団評議員会(以下、評議員会)は2021年11月3日、COP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において、資本市場向けのサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを開発するために国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)の設立を公表しました。
同時に、2つの基準原案(プロトタイプ)や他の基準設定機関との統合も公表しています。
ISSBは、評議員会の下部組織として、国際会計基準審議会(以下、IASB)と並列した位置付けになります。
2.IFRSサステナビリティ開示基準の開発
ISSBが設定する基準は、IFRSサステナビリティ開示基準(IFRS Sustainability Disclosure Standards)とされ、IASBが設定する基準は、IFRS会計基準(IFRS Accounting Standards)と呼ばれることになります。
財団は、ISSBの基盤作りのため、技術的準備ワーキング・グループ(以下、TRWG)を設立しています。
TRWGは、金融安定理事会による気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、バリュー・レポーティング財団(VRF)、気候変動開示基準委員会(CDSB)、世界経済フォーラム(WEF)、国際会計基準審議会(IASB)のメンバーによって構成されています。
3.グローバル機関との連携
ISSBは、基準の開発や適用を迅速に進めるため、さまざまなグローバル機関と連携することとしています。
(1) VRF及びCDSBとの統合
TRWGメンバーの構成組織であるバリュー・レポーティング財団(VRF)と気候変動開示基準委員会(CDSB)が2022年6月までにISSBに統合される予定です。
VRFは、国際統合報告評議会(IIRC)とサステナビリティ会計基準審議会(SASB)が統合された組織です。
(2) IASBとの連携
ISSBは、IASBと緊密に連携し、IFRS会計基準とIFRSサステナビリティ開示基準との結び付き及び比較可能性を確実なものにすることとしています。
(3) その他のグローバル機関との連携
証券監督者国際機構(IOSCO)は、財団のモニタリング・ボードにおける議長として基準設定活動を独立して監視していくほか、IFRSサステナビリティ開示基準の基準草案を詳細に評価し、各国の規制当局が基準の批准をスムーズに実施するための基盤作りを担うと考えられています。
4.国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の公開草案公表
(1)基準書案の公開協議
2022年3月31日、ISSBは、2つの基準書案に関する公開協議を開始しました。
1つは、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項を定めるもので、もう1つは、気候関連開示の要求事項を定めるものです。
① 全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項の公開草案は、投資家が企業の企業価値を評価するために必要な、企業の重大なサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する重要性がある情報の開示に係る要求事項を定めています。
本公開草案は、サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する企業からの情報の改善を求めるG20首脳や証券監督者国際機構(IOSCO)などからの要請を受けて開発されたものです。
② 気候関連開示の要求事項の公開草案は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に基づき、SASBスタンダードから派生した産業別開示の要求事項を取り入れたものです。
③ ISSBが最終的な要求事項を公表した時点で、これらの要求事項は、投資家が企業価値を評価する際の情報ニーズを満たすように設計されたサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを形成することになります。
ISSBは、グローバル・ベースラインを各法域の要求事項に取り込むことを支援するため、他の国際機関や各法域と緊密に連携しています。
(2)今後のスケジュール
① 公開草案
ISSBは、2022年7月29日を期限とする120日間の公開協議期間を通じて、本公開草案に関するフィードバックを求めています。
2022年後半に本提案に関するフィードバックを検討し、フィードバックに応じて、2022年末までに新しい基準を公表することを目指しています。
2022年終盤に、ISSB は基準設定の優先順位について公開協議を行う予定です。
この公開協議では、企業価値を評価する際の投資家のサステナビリティ関連情報のニーズや、幅広いサステナビリティ事項を扱うSASBスタンダードに基づく産業別要求事項の追加的な開発に関するフィードバックを求めることが予定されています。
② その他の動き
また、ISSBは2022年3月31日、SASBスタンダードと産業別の基準設定プロセスをどのように基礎としていくかに関する計画に着手しました。
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいた4つのコアとなる要素(ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標)について開示することが求められます。
なお、TRWGは基準を「全般的要求事項」「テーマ別要求事項」「産業別要求事項」の3つで構成することを提案しています。
気候関連開示の要求事項はこの「テーマ別要求事項」に該当します。
TRWGによると、テーマが資本市場に認知され、産業横断的な指標が実行可能であり利用可能等の要件を満たすことで、今後新たなテーマが設定されることが提案されています。
5.全般的要求事項
(1) 目 的
「全般的要求事項」の目的は、一般目的財務報告の利用者が企業に経済的資源を提供すべきか否かに関する意思決定を行う際に有用となるサステナビリティ関連リスク及び機会に対する企業のエクスポージャーに関する全ての重要性のある(Material)情報の提供を企業に求めることです。
ここでの情報提供は、あくまで経済的意思決定に資する情報提供であり、企業価値評価のための情報開示にフォーカスしています。
(2) 重要性
「重要性のある」情報とは、情報が省略されたり誤表示されたり脱漏されたりした場合に、利用者の経済的意思決定に影響を及ぼすと合理的に予想される情報であるとされています。
また、重要性は情報が関連する項目の性質や規模に基づき企業固有のものであるという側面があり、基準案では重要性の閾値について明示されていません。
(3) 4つのコアとなる要素
IFRSサステナビリティ開示基準が他の開示を認める又は要求する場合を除き、ガバナンス、戦略、リスク管理及び指標と目標について開示することが求められます。
このアプローチは、IFRS財団が昨年公表した協議文書において求めた利害関係者からの意見を反映し、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言しているフレームワークに基づいたものです。
Exposure Draft-Snapshot より抜粋
(4) 参照する基準
指標を含む重要なサステナビリティ関連リスク又は機会に関する開示を特定するためには、関連するIFRSサステナビリティ開示基準を参照します。
特定のサステナビリティ関連事項に具体的に適用されるIFRSサステナビリティ開示基準が存在しない場合、経営者には目的適合性を有する開示を識別するための判断が求められます。
この判断を行うに当たり、IFRSサステナビリティ開示基準の要求事項と矛盾しない範囲で、産業に基づく米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の基準、ISSBの強制力は持たないガイダンス及びその他の基準設定主体の直近の基準等の文書に含まれる開示トピックに関連する指標を考慮することになります。
6.気候関連開示の要求事項
(1) 目 的
「気候関連開示の要求事項」の目的は、利用者が次のことを可能にするために、気候関連リスク及び機会についてのエクスポージャーに関する情報を企業に提供するよう求めることです。
・重要な気候関連リスク及び機会が企業価値に及ぼす影響を評価すること
・企業の資源利用並びにそれに対応するインプット、活動、アウトプット及び成果が、重要な気候関連のリスク及び機会を管理するための企業の対応及び戦略をどのようにサポートするかを理解すること
・計画、ビジネス・モデル及び事業を重大な気候関連リスク及び機会に適応させる能力を評価すること
(2) 4つのコアとなる要素
「気候関連開示の要求事項」では、気候関連財務情報開示に関するタスクフォース(TCFD)の提言に由来する以下で示す4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標)に沿った目的適合性を有する情報の開示を求めています。
① ガバナンス
ガバナンスとは、「気候関連リスク及び機会をモニタリングして管理するために企業が用いるガバナンス・プロセス、統制及び手続」をいいます。
公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。
例えば、気候関連リスク及び機会を監督する組織が、企業戦略、主要な取引の意思決定及びリスク管理方針を監督する際に気候関連リスク及び機会をどのように考慮しているかについて開示することが求められています。
② 戦 略
戦略とは、「短期、中期及び長期にわたって企業のビジネス・モデル及び戦略を改善する、阻害する又は変更する気候関連リスク及び機会」をいいます。
・気候関連リスク及び機会に関する情報の経営者の戦略及び意思決定に及ぼす影響
・気候関連リスク及び機会がビジネス・モデルに現時点で及ぼしている影響及び今後及ぼすと見込まれる影響
・短期、中期及び長期にわたって、企業のビジネス・モデル、戦略及びキャッシュ・フロー、資金へのアクセス及び資本コストに影響を及ぼすと合理的に見込まれる気候関連リスク及び機会の影響
・気候関連リスクに対する企業戦略(ビジネス・モデルを含む)のレジリエンス
③ リスク管理
リスク管理とは、「気候関連リスクが企業によりどのように識別、評価、管理及び軽減されているか」をいいます。
公開草案では幾つかの開示義務事項が明示されています。
例えば、リスク管理目的のために気候関連リスクを識別するためのプロセス(例えば、他の種類のリスクと比較して気候関連リスクをどのように優先順位付けしているか)について開示が求められています。
④ 指標及び目標値
指標及び目標値とは、「気候関連リスク及び機会の業績及び成果に関する企業の取り組みを管理・モニタリングするために使用される指標及び目標値」をいいます。
これには、業績目標の達成度合いを測定するために企業が用いる、定性的開示及び目標を裏付ける測定値が含まれます。
企業は、産業横断的な及び産業固有の指標を開示することが求められます。
さらに、企業は指標を選択及び開示するに当たり、それらの金額と付随する財務諸表で認識・開示される金額との関係を検討しなければなりません。