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「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告~中長期的な企業価値向上に向けて

2022年6月13日に金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループは、中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて、以下の検討結果を公表しました。

 

・サステナビリティに関する企業の取組の開示

・コーポレートガバナンスに関する開示

・四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング

・その他の開示に関する個別課題

 

 

Ⅰ サステナビリティに関する企業の取組の開示

 

1.サステナビリティ全般に関する開示

 

(1)国内外の状況を踏まえ、サステナビリティの開示に向けた検討を行うにあたり、以下の点を求めています。

 

① 有価証券報告書における開示

 

ⅰ) 投資家にわかりやすく投資判断に必要な情報を提供する観点から、有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」を新設すべきとしています。

 

ⅱ) 「記載欄」において開示する内容

 

国際的な比較可能性の観点から「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの構成要素に基づく開示が適切としています。

 

自社の業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、「ガバナンス」と「リスク管理」はすべての企業が開示するとし、「戦略」と「指標と目標」は、重要性を判断して開示するとしています。

 

② 国内の体制整備

 

2021年12月に設置されたSSBJに対して、我が国におけるサステナビリティ開示基準の策定において中心的な役割を果たすことを期待しています。

 

③ 任意開示の促進

 

上場企業では、サステナビリティに関する取り組みとその開示が急速に進んでおり、SSBJの取組への適切な反映や好事例を広げる取組が重要であるとしています。

 

(2)サステナビリティ開示に関する留意事項

 

① 将来情報の記述と虚偽記載の責任

内閣府改正の際に「一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、有価証券報告書提出後に事情が変化したことをもって虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられることが明らかである」としています。

この考え方の実務への浸透と企業内容等開示ガイドライン等において更なる明確化を検討すべきとしています。

 

② 任意開示書類の参照

有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の「記載欄」への記載について、任意開示書類を参照した場合の虚偽記載の責任の缶挙げ方に好いては、整理が必要としています。

また、有価証券報告書に内を記載し、何を参照するかについては、具体的に事例を積み上げながら検討していくことが考えられるとしています。

 

③ 法定開示と任意開示の公表時期

有価証券報告書と任意開示書類では、公表時期に差があることに留意が必要としています。

将来的には、サステナビリティ情報が記載された書類の公表時期をそろえていくことが重要であり、実務的な検討や環境整備を行っていくことが考えられるとしています。

 

2.気候変動対応に関する開示

 

ISSBの気候関連開示基準の策定へ積極的に参画し、日本の意見が取り込まれた国際基準の実現を目指すことが望ましいとしています。

 

現時点では、有価証券報告書に設けるサステナビリティ情報の「記載欄」において、企業が業態や経営環境を踏まえ、気候変動対応が重要であると判断する場合、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の枠で開示することとすべきであるとしています。

 

3.人的資本、多様性に関する開示

 

現時点において、多くの国際的なサステナビリティ開示のフレームワークで開示項目となっており、米国ではSEC規則の改訂もあり、多様性に関する取り組みを含めた人的資本の開示が進んでいます。

 

こうしたことを踏まえ、我が国においても、投資家の投資判断に必要な情報を提供する観点から、人的資本や多様性に関する情報について以下の対応をすべきであるとしています。

 

(1) 中長期的な企業価値向上における人材戦略の重要性を踏まえた、「人材育成方針」や「社内環境整備方針」について、有価証券報告書のサステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」の枠の開示項目とする

 

(2) それぞれの企業の事情に応じ、上記の方針と整合的で測定可能な指標の設定、その目標及び進捗状況について、同「記載欄」の「指標と目標」の枠の開示項目とする

 

(3) 女性管理職比率、男性の育児休暇取得率、男女間賃金格差について、中小期的な企業価値判断に必要な項目として、有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とする。

 

なお、女性活躍推進法、育児・介護休業法等の他の法律の枠組みで上記項目の公表を行っていまい企業についても、有価証券報告書で開示することが望ましいとしています。

 

4.今後の課題

 

以下の点を挙げています。

 

(1) サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の役割の明確化

 

(2) サステナビリティ情報に関する信頼性確保

 

(3) IFRS財団アジア・オセアニアオフィスのサポート

 

Ⅱ コーポレートガバナンスに関する開示

 

1.取締役会、指名委員会・報酬委員会の活動状況

 

指名委員会・報酬委員会を設置する企業は増加しています。

コーポレートガバナンス・コードの再改訂により取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置し、適切な関与・助言を得るべきであるとされました。

現状の有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書の開示状況等を踏まえ、取締役会、委員会等の活動状況のを「記載欄」有価証券報告書に設けるべきとしています。

 

「記載欄」には、監査役会等の活動状況の開示と同様に、まず、「開催頻度」、「主な検討事項」、「個々の構成員の出席状況」を記載項目とすべきであるとしています。

 

2.監査の信頼性確保に関する開示

 

監査の信頼性確保に関する開示は有価証券報告書における監査役会との活動状況の開示やKAMの導入、コーポレートガバナンス・コードにおける内部監査部門と取締役会・監査役会との連携確保などの対応がされてきました。

 

有価証券報告書の枠組みの中で、以下の開示が望ましいとしています。

 

(1) 監査役又は監査委員会・監査等委員会の委員長の視点による監査の状況の認識と監査役会等の活動状況の説明

 

(2)KAMについての監査役等の検討内余

 

(3) さらに、有価証券報告書において、「デュアルレポーティングラインの有無を含む内部監査の実効性の説明」を開示項目とすべきとしています。

 

3.政策保有株式等に関する開示

 

政策保有株式の発行会社と業務提携等を行っている場合の説明については、有価証券報告書の開示項目とすべきとしています。

また、「純投資目的」の保有株式についても、適切な開示に向けた取り組みを進めることを期待しています。

 

 

Ⅲ 四半期開示をはじめとする情報開示の頻度・タイミング

 

1.四半期開示

 

(1)ワーキング・グループでは、四半期開示のあり方について改めて点検を行っています。

 

① 中長期的な視点に立った企業経営と四半期開示の関係

② 主要国の資本市場における四半期開示の状況

③ 四半期開示と投資家に対する適時で正確な情報提供の関係

 

(2) 四半期開示に関する実証研究

 

資本市場への影響、投資行動への影響等についての実証研究の結果、四半期開示と経営の短期主義との関係は必ずしも明確ではないとしています。

 

(3) 四半期開示見直しの方向性

 

開示実務を見ると、四半期報告書と四半期決算短信では、内容面の重複や開示タイミングの近接が指摘されており、両者の「一本化」を通じたコスト削減や開示の効率化が可能であると考えられるとしています。

また、開示のタイミング、投資家の利用実態等を踏まえ、四半期決算短信への「一本化」が適当であるとしています。

 

具体的には、法令上の第1・第3四半期の四半期開示義務の廃止、取引所の規則に基づく四半期決算短信への「一本化」が適切としています。

 

(4)「一本化」の具体化に向けた検討課題

 

以下の課題に関する検討が必要としています。

 

① 四半期決算短信の義務付けの有無

② 四半期決算短信の開示内容

③ 四半期決算短信の虚偽記載に関するエンフォースメントの手段

④ 四半期決算短信に対する監査法人によるレビューの必要性

⑤ 第1・第3四半期報告書廃止後に上場会社が提出する「半期報告書」に対する監査法人の保証のあり方

 

2. 適時開示の在り方

 

取引所において適時開示の促進を検討すべきであるとともにエンフォースメントの在り方についても整理が期待されるとしています。

 

3.有価証券報告書の株主総会前提出

 

株主総会直後に有価証券報告書が提出される例が多いが、開示実務を見ると有価証券報告書の作成を株主総会前におおむね終了していると見込まれることから、十分に早い時期でなくても株主総会前に有価証券報告書を提出する取り組みを期待しています。

 

4.重要情報の公表タイミング

 

重要情報の公表タイミングは前回の指摘から進んでおらず、速やかな開示を促す取り組みを進めるべきであるとしています。

 

Ⅳ その他の開示に関する個別課題

 

1.重要な契約の開示

 

前回の指摘から重要な契約に関する開示に状況が大きく変わっていない状況から、個別分野における「重要な契約」について、開示すべき契約の類型や求められる開示内容を明らかにすることで適切な開示を促すとしています。

 

(1) 企業・株主間のガバナンスに関する合意

(2) 企業・株主間の株主保有株式の処分・買い増し等に関する合意

(3) ローンと社債に付される財務上の制約

 

2.英文開示

 

決算短信・株主総会招集通知の英文開示は進んでいるが、有価証券報告書の英文開示を実施している企業は少数にとどまっている。

プライム市場に上場する企業は積極的に有価証券報告書の英文開示を行うことを期待しています。

英文開示にあたっては、利用ニーズの高い項目について、英文開示を行うことが重要であり、新たに「記載欄」を設けるサステナビリティ情報についても英文開示が期待されるとしています。

 

3.有価証券報告書とコーポレートガバナンス報告書の記載事項の関係

 

金融商品取引法に基づく有価証券報告書と取引所規則に基づくコーポレートガバナンス報告書は、両者の開示について内容の重複が指摘されています。

それぞれの特徴や開示すステムの利便性を踏まえて、例えば、取締役会、委員会等の活動状況については、以下の対応が考えられるとしています。

 

(1) 有価証券報告書:提出前1年間の「基本的な活動状況」を記載

(2) コーポレートガバナンス報告書:必要に応じて、より具体的な活動内容や有価証券報告書提出後の活動状況について記載

 

コーポレートガバナンス・コード等の改訂の趣旨及びその基本的考え方

2021年4月6日に、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」より「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂について」が公表されました。

 

1.改訂の趣旨

 

企業がより高度なガバナンスを発揮する後押しをするために、 2020年12月に「コロナ後の企業の変革に向けた取締役会の機能発揮及び企業の中核人材の多様性の確保」(「スチュワードシップ・コード及びコーポレー卜ガバナンス・コードのフォローアップ会議」意見書(5))(以下、「意見書(5)」といいます。)が公表されました。

 

その後も、フォローアップ会議において、サステナビリティやグループガバナンス、監査に対する信頼性の確保をはじめとする項目についても議論・検討を重ねてきました。

今回、これらの項目について、意見書(5)の内容に加えて、コンプライ・オア・エクスプレインの枠組みの下で、コーポレートガバナンス・コード(以下、「本コード」という。)の改訂が提言されました。

 

また、企業と機関投資家の建設的な対話を一層実効的なものとするため、本コードの改訂に併せ、「投資家と企業の対話ガイドライン」(以下、「対話ガイドライン」 という。)の改訂も提言されました(以下、本コードの具体的な改訂案と併せて「本改訂案」といいます)。

 

2.改訂の考え方

 

本改訂案は、取締役会の機能発揮・企業の中核人材における多様性の確保・サステナビリティを巡る課題への取組みに加え、グループガバナンスの在り方や監査に対する信頼性の確保、株主総会等に関する事項も含んでいます。

本改訂案についての基本的な考え方は、以下のようになっています。

 

(1)取締役会の機能発揮

 

取締役会は経営者による迅速・果断なリスクテイクを支え重要な意思決定を行うとともに、実効性の高い監督を行うことが求められています。

 

①独立社外取締役の人数

「我が国を代表する投資対象として優良な企業が集まる市場」であるプライム市場の上場会社においては、独立社外取締役が3分の1以上になるように選任します。

 

それぞれの経営環境や事業特性等を勘案し、必要と考える場合には、独立社外取締役の過半数の選任の検討が行われることが重要となります。

 

②「スキル・マトリックス」の開示

取締役会において中長期的な経営の方向性や事業戦略に照らして必要なスキルが全体として確保されることが重要です。

 

そのためには、上場会社は、経営戦略上の課題に照らして取締役会が備えるべきスキル等を特定し、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で社内外の取締役の有するスキル等の組み合わせを開示することが重要です。いわゆる「スキル・マトリックス」です。

 

③独立社外取締役のスキル

独立社外取締役には、企業が経営環境の変化を見通し、経営戦略に反映させる上で、より重要な役割を果たすことが求められています。この観点から、他社での経営経験を有する者を含めることが重要となります。

 

④CEOの選解任

経営陣において特に中心的な役割を果たすのはCEOであり、その選解任は、企業にとって最も重要な戦略的意思決定です。

 

こうした点も踏まえ、前回の本コードの改訂においては、指名委員会・報酬委員会など独立した諮問委員会の設置に向けた記載が盛り込まれました。

 

取締役会の機能発揮をより実効的なものとする観点から、プライム市場上場会社においては構成員の過半数を独立社外取締役が占めることを基本とする指名委員会・報酬委員会を設置することが重要となります。

 

⑤指名委員会・報酬委員会の権限・役割等

指名委員会や報酬委員会は、CEOのみならず取締役の指名や後継者計画、そして企業戦略と整合的な報酬体系の構築にも関与することが望まれます。

指名委員会・報酬委員会の権限・役割等を明確化することが、指名・報酬などに係る取締役会の透明性の向上のために重要となります。

 

⑥社外取締役と機関投資家の対話

独立社外取締役を含む取締役が対話を通じて機関投資家の視点を把握・認識することは、資本提供者の目線から経営分析や意見を吸収し、持続的な成長に向けた健全な起業家精神を喚起する上で重要です。

依然、独立社外取締役との建設的な対話が進まないとの指摘もされているところです。

株主との面談の対応者について、株主の希望と面談の主な関心事項に的確に対応できるよう、例えば、筆頭独立社外取締役の設置など、適切に取組みを行うことも重要です。

 

⑦取締役会議長

各社ごとのガバナンス体制の実情を踏まえ、必要に応じて独立社外取締役を取締役会議長に選任すること等を通じて、取締役会による経営に対する監督の実効性を確保することも重要です。

 

(2)企業の中核人材における多様性(ダイバーシティ)の確保

 

企業がコロナ後の不連続な変化を先導し、新たな成長を実現する上では、取締役会のみならず、経営陣にも多様な視点や価値観を備えることが求められます。

我が国企業を取り巻く状況等を十分に認識し、取締役会や経営陣を支える管理職層においてジェンダー・国際性・職歴・年齢等の多様性が確保され、それらの中核人材が経験を重ねながら、取締役や経営陣に登用される仕組みを構築することが極めて重要です。

 

こうした多様性の確保に向けては、取締役会が、主導的にその取組みを促進し監督することが期待されます。

 

①多様性の状況の開示

多様性の確保を促すためにも、上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況の開示を行うことが重要となります。

 

②多様性確保の方針・実施状況の開示

多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示することも重要です。

 

(3)サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組み

 

中長期的な企業価値の向上に向けては、リスクとしてのみならず収益機会としてもサステナビリティを巡る課題へ積極的・能動的に対応することの重要性は高まっています。

 

また、サステナビリティに関しては、従来からE (環境)の要素への注目が高まっているところですが、それに加え、近年、人的資本への投資等のS (社会)の要素の重要性も指摘されています。

 

人的資本への投資に加え、知的財産に関しても、国際競争力の強化という観点からは、より効果的な取組みが進むことが望ましいとの指摘もされています。

 

①サステナビリティの取組

取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定することが求められます。

加えて、上場会社は、例えば、サステナビリティに関する委員会を設置するなどの枠組みの整備や、ステークホルダーとの対話等も含め、サステナビリティへの取組みを全社的に検討・推進することが重要となります。

 

②経営資源の配分

企業の持続的な成長に向けた経営資源の配分に当たっては、人的資本への投資や知的財産の創出が企業価値に与える影響が大きいとの指摘もあります。人的資本や知的財産への投資等をはじめとする経営資源の配分等が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うことが必要となります。

 

③サステナビリティに関する開示

投資家と企業の間のサステナビリティに関する建設的な対話を促進する観点からは、サステナビリティに関する開示が行われることが重要です。

 

特に、気候変動に関する開示については、現時点において、TCFD提言が国際的に確立された開示の枠組みとなっています。

また、国際会計基準の設定主体であるIFRS財団において、TCFDの枠組みにも拠りつつ、気候変動を含むサステナビリティに関する統一的な開示の枠組みを策定する動きが進められています。

 

④気候変動に関する開示

比較可能で整合性の取れた気候変動に関する開示の枠組みの策定に向け、我が国もこうした動きに積極的に参画することが求められます。

今後、IFRS財団におけるサステナビリティ開示の統一的な枠組みがTCFDの枠組みにも拠りつつ策定された場合には、これがTCFD提言と同等の枠組みに該当するものとなることが期待されます。

 

(4)その他個別の項目

 

①グループガバナンスの在り方

支配株主は、会社及び株主共同の利益を尊重し、少数株主を不公正に取り扱ってはなりません。支配株主を有する上場会社においては、より高い水準の独立性を備えた取締役会構成の実現や、支配株主と少数株主との利益相反が生じ得る取引・行為のうち、重要なものについては独立した特別委員会における審議・検討を通じて、少数株主保護を図ることが求められます。

 

特に、支配株主を有する上場会社においては、独立社外取締役の比率及びその指名の仕組みについて、取締役会として支配株主からの独立性と株主共同の利益の保護を確保するための手立てを講ずることが肝要です。

 

②監査に対する信頼性の確保及び内部統制リスク管理

中長期的な企業価値の向上を実現する上では、その基礎として、監査に対する信頼性の確保が重要です。

 

A) 内部監査と取締役会等との連携

 

内部監査部門が、CEO等のみの指揮命令下となっているケースが大半を占め、経営陣幹部による不正事案等が発生した際に独立した機能が十分に発揮されていないのではないかとの指摘がされています。

こうした指摘も踏まえれば、上場会社においては、取締役会・監査等委員会・監査委員会や監査役会に対しても直接報告が行われる仕組みが構築されること等により、内部監査部門と取締役・監査役との連携が図られることが重要となります。

 

B) 内部通報制度

 

内部通報制度の運用の実効性の確保のため、内部通報に係る体制・運用実績について開示・説明する際には、それが分かりやすいものとなっていることも重要です。

 

C) 内部統制・リスク管理体制の整備

 

内部統制やリスク管理については、取締役会による内部統制やリスク管理体制の適切な整備が求められています。

その際には、企業価値の向上の観点から企業として引き受けるリスクを取締役会が適切に決定・評価する視点の重要性や、内部統制やリスク管理をガバナンス上の問題としてより意識して取締役会で取り扱うことの重要性を念頭に置いた指摘がされています。

 

③株主総会関係

上場会社は、株主総会での意思決定のためのプロセス全体を建設的かつ実質的なものとするよう、株主がその権利を行使することができる適切な環境の整備と、情報提供の充実に取り組むことが求められます。

 

A) 英文開示・議決権電子行使

 

プライム市場上場会社は、必要とされる情報についての英文開示や議決権電子行使プラットフォームの整備を行うことが重要です。

 

B) 株主総会資料・日程

 

株主の利便性に配慮した媒体で株主総会資料の電子的公表を早期に行うことや、決算・監査のための時間的余裕の確保等の観点も鑑みて株主総会関連の日程の設定を行うことについても検討が進められることが望まれます。

 

C) 反対票への対応等

 

株主総会において相当数の反対票が投じられた会社提案議案について、機関投資家との対話の際に原因分析の結果や対応の検討結果について分かりやすく説明することが投資家との建設的な対話に資すると考えられます。

 

④上記以外の主要課題

 

A) 事業ポートフォリオ

 

事業セグメントごとの資本コストも踏まえた事業ポートフォリオの検討を含む経営資源の配分が一層必要となっています。

取締役会は、事業ポートフォリオに関する基本的な方針の決定・適時適切な見直しを行うべきであり、これらの方針や見直しの状況を株主の理解が深まるような形で具体的に分かりやすく説明することが求められます。

また、グループ経営をする上場会社は、グループ経営に関する考え方・方針について説明する場合も、具体的に分かりやすく行うことが重要です。

 

B) 政策保有株式

 

政策保有株式の更なる縮減についても課題となりますが、政策保有株式の保有効果の検証方法について開示の充実を図ることも機関投資家との対話に資すると考えられます。

 

C) 監査役と機関投資家の面談

 

監査役も取締役と同じく株主への受託者責任を有するので、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、機関投資家との面談の主な関心事項も踏まえた上で、合理的な範囲で、面談に臨むことを基本とすべきです。

 

3.本コードの改訂の適用について

 

(1)新市場区分への対応

 

2022年4月より、東京証券取引所において新市場区分の適用が開始となります。

本コードの改訂案の原則・補充原則においても、新市場区分に沿って、プライム市場上場会社に求める項目、その他の市場の上場会社に求める項目、そして両者に共通して求める項目が存在します。

 

(2)コーポレートガバナンス報告書

 

上場会社は、遅くとも本年12月までに、本コードの改訂に沿ってコーポレートガバナンス報告書の提出を行うことが望まれます。

 

また、プライム市場上場会社のみに適用される原則等に関しては、準備期間等も考慮し、2022年4月以降に開催される各社の株主総会の終了後速やかにこれらの原則等に関する事項について記載した同報告書を提出するよう求めることが考えられます。

これらの提出時期については、東京証券取引所において、具体的に検討がされることが求められます。

 

 

企業情報開示の信頼性を高める監査・保証

2020年8月21日に日本公認会計士協会「企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会」は、「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討~開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて~(中間報告)」を公表しました。

「論点4 信頼性を高める監査・保証 4-1 企業情報開示の質向上と監査・保証」では、以下のように述べています。

 

1.現状と課題

 

(1)重要な虚偽表示リスクの識別・評価

 

・財務諸表監査にあたっては、前提として、企業の外部環境や事業活動等、企業目的及び戦略の理解が求められている。

 

(2)見積りの妥当性の評価

 

・監査上、会計上の見積もりの妥当性を評価するにあたって、上記の理解が重要となっている。

 

(3)財務情報と非財務情報の一体的理解

 

・財務報告の利用者である投資家側では、非財務情報について理解を深め、財務情報と合わせて投資先の評価や投資先との対話に反映する動きが強まっている。

 

・財務情報だけでなく、非財務情報も含む企業情報開示全体の質を高めるうえで、監査人がどのような役割を果たすべきかが問われている。

 

(4)非財務情報の信頼性を確保することを主眼とした施策

 

・財務諸表と「その他の記載内容」の整合性だけでなく、監査の過程で得た知識と重要な相違がないか検討する等の注意を払う必要がある。

 

・財務諸表や監査の過程で得た知識に関連しない内容についても、重要な誤りがあると思われる兆候に注意を払うことが求められる。

 

2.方向性

 

(1)コーポレート・ガバナンス改革と監査

 

・取締役会の役割と監督責任の明確化、独立役員の増加、監査当委員会設置会社採用の広がりといったガバナンス構造が変化している。

 

・このことが、企業の統制環境に影響を及ぼしている。

 

・統制環境の視点から、企業のガバナンス設計と運用状況への理解が重要となる。

 

・コーポレート・ガバナンスに関する開示情報や企業側の実効性評価の状況、取締役及び監査役との対話をどのように活用していくかについて、検討を深める必要がある。

 

(2)リスク評価

 

・監査人が、経営者や取締役との対話等を通じて、企業独自の持続的な価値創造モデルについての理解を深めることが重要である。

 

・これまで以上に、企業開示が全体として企業価値を適切に表すものとなっているかという観点での視座を高めることが必要である。

 

・リスク評価に関しても、短期の事業リスクだけでなく、中長期的な企業価値に重要な影響をもたらす経営上のリスクについても監査人は、理解を深めることが必要である。

 

・必要に応じて、中長期的な影響を検討する必要性が高まっている。

 

・監査対象の財務諸表が含まれる開示書類におけるその他の記載内容の通読及び検討、重要な相違や重要な誤りへの対応が求められる。

 

(3)非財務情報の信頼性

 

・非財務情報の重要性が高まる中、その信頼性を確保することの要請も高まっている。

 

・第三者による保証のニーズと実現可能性を整理する必要がある。

 

・持続的価値創造サイクルを支える企業情報開示を実現する観点から、監査・保証に求められるニーズについて、作成者である企業及び利用者である投資家との対話を深める必要がある。

 

・監査及び保証のあるべき姿、監査人の新たな役割や社会への貢献の在り方について踏み込んだ議論を行う必要がある。

 

企業情報開示における非財務情報の信頼性~現状の課題と方向性

2020年8月21日に日本公認会計士協会「企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会」は、「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討~開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて~(中間報告)」を公表しました。

「論点4 信頼性を高める監査・保証 4-3 非財務情報の信頼性」では、以下のように述べています。

 

1.現状と課題

 

(1)非財務情報の信頼性

 

・企業情報開示における記述情報の重要性が高まるにつれ、その信頼性が問われるようになってきている。

 

・非財務情報の信頼性を担保するものとして、以下の項目を挙げている。

 

①一定の規範性を有する開示書類の潜在

 

②報告フレームワーク・基準の確立

 

③開示にかかわるガバナンスとプロセスの整備と運用

 

④独立した第三者による監査・保証

 

(2)法定監査の枠組み

 

・現行の法定監査の枠組みでは、その他の記載内容に対する監査人の責任は定められているが、保証対象となっていない。

 

・任意の統合報告書では、国際保証業務基準に基づき、特定の指標等を対象とした保証業務が実施される。

 

(3)自主開示

 

・自主的開示の統合報告書に財務諸表が含まれる場合であっても、監査人による監査報告書が付されるケースは非常にまれである。

 

・一つの年次報告書において、財務諸表監査と非財務情報の保証の両方が含まれる実務が一般的なものとなっていない。

 

・こうした状況は、利用者のニーズにこたえていない。

 

・年次報告書に含まれる情報の信頼性に関して、利用者の混乱を招く恐れがある。

 

2.方向性

 

(1)「その他の記載内容に関連する監査人の責任」

 

・財務諸表監査における「その他の記載内容に関連する監査人の責任」と「独立した第三者による非財務情報に対する保証」の違いを明確にする必要がある。

 

(2)制度開示の中で開示される非財務情報

 

・制度開示の中で開示される非財務情報について、任意の保証業務を提供することが可能かどうかなどを検討する必要がある。

 

(3)非財務情報の保証

 

・非財務情報には、過去情報と将来情報、記述的情報と数値情報がある。

 

・KPI等の実績等の過去数値情報については、保証ニーズが高い。

 

・重要性の決定を含む企業情報開示書類の作成プロセスや取締役会の開催状況、アジェンダ等を含むガバナンスの運用状況に対する投資家の関心は高い。

 

(4)第三者による保証

 

・第三者による保証を受けることによって、利用者にどのような好影響をもたらすかについての十分な検討が必要である。

 

・特定の基準に照らした客観的な判断が可能かどうかも課題となる。

 

・非財務情報の信頼性に関しては、ポジティブな情報とネガティブな情報のバランスが取れた開示であることをどのように確認するか、恣意性が介在するリスクにどのように対処するかという問題がある。

 

(5)保証のニーズ

 

・以下の三つの情報については、保証によって信頼性を高めることへのニーズが高い可能性がある。

 

①KPIに代表される過去数値実績

 

②コーポレート・ガバナンスの運用状況

 

③重要性の決定を含む開示プロセス

 

・これらの情報に対する保証のニーズ及び実施可能性、更には、適切な保証業務が提供可能となるための開示の枠組みの在り方について検討を深めていく必要がある。

企業情報開示における取締役会の役割~企業情報開示とコーポレート・ガバナンスの連動~

2020年8月21日に日本公認会計士協会「企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会」は、「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討~開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて~(中間報告)」を公表しました。

「論点3 企業情報開示とコーポレート・ガバナンスの連動 3-1 企業情報開示に対する取締役会の役割」では、以下のように述べています。

 

1.現状と課題

 

(1)日本企業のガバナンスに大きな変化

 

①取締役会の役割

 

・企業の方向付け、リスクテイク環境の整備、経営陣の監督といった取締役会の役割が重視されるようになってきている。

 

・経営と監督の分離が意識されるようになってきている。

 

②社外取締役

 

・人数が増加している。

 

・経営監督における社外取締役の位置付けが高まっている。

 

③形式から実質へ

 

・コーポレート・ガバナンス、特に、取締役会による企業の方向付けと監督の実効性が問われている。

 

(2)年次報告書

 

・企業の方向性やリスク認識、業績についての見解を示す文書としての位置づけが高まっている。

 

・取締役会が主体となる企業報告が求められるようになっている。

 

・企業情報開示は、コーポレート・ガバナンスの確立において極めて重要な役割を果たしている。

 

(3)我が国の有価証券報告書と取締役会

 

①経営者・取締役の主体的関与

 

・有価証券報告書を取締役会の決議事項としている会社は、上場企業の約6割となっている。

 

・制度開示書類に取締役会の見解を反映すべきとの認識が経営者や取締役との間で十分に共有されていない。

 

・企業情報開示において、取締役会が果たすべき基本的役割が明確になっていない。

 

・取締役会の役割を担保するための社内体制やプロセスが確立していない。

 

②企業情報開示に関する取締役会の関与についての制度上の要請

 

ア)会社法

 

事業報告及び計算書類:取締役会の承認

 

イ)金融商品取引法

 

有価証券報告書:作成主体は、代表取締役及び財務責任者

 

③社内体制・プロセス

 

・経営者に加えて取締役会の見解を有価証券報告書に反映することの重要性が高まっている。

 

・取締役会が主体的に関与する枠組みをどのように担保するかが課題である。

 

2.方向性(提言)

 

(1)情報開示が適切なものになるように体制・プロセスを取締役会が監督することが重要である。

 

・「OECDコーポレート・ガバナンス原則」では、報告体制の廉潔性を確保する最終的な責任は、取締役会が負うべきとしている。

 

(2)企業の価値創造の方向性や業績及びリスクに対する認識に取締役会の見解が十分に反映されることが重要との認識も強まっている。

 

・「記述情報原則」では、経営者の見解だけでなく取締役会における議論が有価証券報告書の記述情報に適切に反映されることを求めている。

 

・「国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク:グローバルガバナンス原則」は、取締役会による企業情報開示の監督において重視すべき観点を示している。

 

(3)企業情報開示における取締役会の監督機能

 

・毎期の年次報告における重要な事項が取締役会において議論され、その内容が年次報告書に反映されることが重要となる。

 

・取締役会の見解が反映されえることを体制担保するための情報開示に関する体制、プロセス及び取締役会による監督の在り方を明確化していく必要性が高まっている。

 

(4)監査役会との連携

 

・監督機能を担う監査役会との連携も重要となる。

 

・監査役会設置会社では、非業務執行取締役と監査役との対話及び連携を通じて取締役会における見解が実質的に企業情報開示に反映されるための体制及びプロセスを整備することが期待される。

企業情報開示における経営・監督プロセスと情報開示プロセス

2020年8月21日に日本公認会計士協会「企業情報開示・ガバナンス検討特別委員会」は、「企業情報開示に関する有用性と信頼性の向上に向けた論点の検討~開示とガバナンスの連動による持続的価値創造サイクルの実現に向けて~(中間報告)」を公表しました。

「論点3 企業情報開示とコーポレート・ガバナンスの連動 3-2 経営・監督プロセスと情報開示プロセス」では、以下のように述べています。

 

1.現状と課題

 

(1)経営・監督プロセスと情報開示プロセス

 

・企業内の経営・監督プロセスと外部に対する情報開示プロセスのつながりを構築していくことが求められている。

 

(2)記述情報

 

・記述情報を作成するための期間が短いとの指摘がある。

 

・有価証券報告書の作成方針や構成要素について、経営会議や取締役の参加する合議体におけるレビューに付されることも少ないという意見もある。

 

(3)統合報告書

 

・統合報告書の作成に取締役会が関与し、承認を受けている事例もみられる。

 

・経営・監督プロセスとして実施された事業リスクに関する評価結果や経営課題等に関する重要性の評価結果を統合報告書に反映する実務も広がりつつある。

 

2.方向性(提言)

 

(1)企業情報開示と経営者及び取締役会の見解

 

・情報開示プロセスを経営・監督プロセスと連動させていくことが重要である。

 

・年次報告書の相当程度早いタイミングから提出・公開日までのプロセス。

 

①開示方針の決定

 

②情報構成の決定

 

③データ収集

 

④評価結果の反映

 

⑤レビュー

 

⑥最終承認

 

・プロセスの早期の段階から、開示方針の取締役からの承認を取り付ける。

 

・データ収集において、取締役会等のモニタリングを受ける。

 

(2)リスク評価や経営課題等に関する重要性の評価

 

・これらの評価や判断の結果を、企業情報開示の中に反映していくことが重要となる。

 

・経営・監督プロセスと情報開示プロセスとの連動を図る中で、経営方針、対処すべき課題、リスク情報などの多くの非財務情報は、期末日前の比較的早い段階で暫定的な取りまとめが可能となる。

 

・暫定的な内容で決算日前に取締役会、監査役会等さらには監査人を交えた議論を実施することで、非財務情報の早期の取りまとめを実現できる。

 

・このことにより、経営・監督プロセスと情報開示プロセスの効果的な連動を図ることができる。

 

(3)透明性の向上

 

・重要性に関する方針や評価結果等を含む企業情報開示書類の作成プロセスについて、透明性の向上が期待できる。

 

・自主開示においては、重要性や企業情報開示書類の作成プロセスに関する開示実務が増えている。

 

(4)情報の信頼性向上

 

・経営・監督プロセスと情報開示プロセスの連動を図ることにより、企業情報開示に取締役会の見解が反映される。

 

・企業情報開示の統制環境を高度化することを通じて情報の信頼性向上につながることが期待される。

 

・取締役会による戦略の立案から業績のモニタリングに至る一連のプロセスの実効性を高めることも期待できる。

 

取締役等に対する株式報酬等~制度の概要と会計処理

令和元年12月4日に「会社法の一部を改正する法律」(以下、改正法)が成立し、同月11日に公布されています。

今回の改正の中から、取締役等に対する株式報酬等を取り上げます。

 

1.改正の目的

 

取締役等の報酬等の内容の決定手続き等に関する透明性を向上させるとともに、株式会社が業績等に連動した報酬等を適正かつ円滑に取締役に付与することができるようにするための改正です。

 

2.改正の概要

 

(1)報酬等の内容

 

上場会社等において取締役個人別の報酬等の内容が定款等の定めや株主総会の決議により具体的に定められていない場合、取締役会は、その決定方針を定め、その概要等を開示しなければなりません。

 

(2)報酬としての株式等の付与

 

取締役の報酬等として当該株式会社の株式または新株予約権を付与しようとする場合、定款又は株主総会の決議により当該株式または新株予約権の数の上限等を定めなければなりません。

 

(3)金銭の払い込み

 

上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等をする場合、金銭の払い込みを要しません。

 

(4)開示

 

事業報告による開示が充実します。

 

3. 取締役等に株式報酬等を付与する場合の手続の明確化

 

取締役等の報酬等として、募集株式の発行又は自己株式の処分、新株予約権の発行をするときは、定款又は株主総会の決議により、当該株式又は新株予約権の数の上限等を定めなければならないことが明確化されています。

 

4.取締役等の報酬等としての株式の無償発行等

 

(1)改正点

 

株式会社が業績等に連動した報酬等を適正かつ円滑に取締役に付与することができるようにするため、改正法では、主に以下の内容の改正が行われました。

 

①上場会社において、取締役等の報酬等として募集株式の発行又は自己株式の処分をするときは、金銭の払込み等を要しない

 

②上場会社において、取締役等の報酬等として新株予約権を発行するときは、新株予約権の行使に際して金銭の払込み等を要しない

 

③取締役等に対する報酬等としての株式の発行により資本金又は準備金として計上すべき額については、法務省令で定める

 

(2)対象者

 

上場会社の取締役等への報酬等のみについて、株式の無償発行等が可能となりました。

 

対象者は、取締役(取締役であった者を含む)、指名委員会等設置会社においては執行役(執行役であった者を含む)に限られており、それ以外の者(上場会社の監査役・執行役員・使用人、非上場会社の役員等)による利用は認められていない点に留意が必要となります。

 

(3)適用日

 

公布日(令和元年12月11日)から1年6カ月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるため、令和3年3月期以降の決算に影響を与える可能性があります。

 

5.株式報酬の会計処理

 

2020年9月11日に、企業会計基準委員会より「業務対応報告公開草案第60号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い(案)」が公表されました。

 

(1)範囲

 

・上場されている株式を発行している株式会社が

・取締役等の報酬等として金銭の払い込みを要しないで

・株式の発行等をする場合

・その会計処理及び開示

 

(2)事前交付型の会計処理

 

①定義

 

・対象勤務期間の開始後速やかに

・契約上の譲渡制限を付した株式の発行を行い

・権利確定条件が達成された場合に、譲渡制限が解除され

・権利確定条件が達成されない場合には、企業が無償で株式を取得する取引

 

②取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合

 

ア)会計処理

 

・取締役等に対して新株を発行し

・これに応じて企業が取締役から取得するサービスは

・その取得に応じて費用として計上する

・費用に対応する金額は、資本金または資本準備金に計上する

 

イ)費用計上額

 

・株式の公正な評価額のうち

・対象勤務期間を基礎とする方法その他合理的な方法に基づき

・当期に発生したと認められる金額

 

③取締役等の報酬等として自己株式を処分する場合

 

ア)会計処理

 

・割当日において、処分した自己株式の帳簿価額を減額

・同額の資本準備金を減額する

・企業が取締役等から取得するサービスは

・サービスの取得に応じて費用計上する

 

(3)事後交付型の会計処理

 

①定義

 

・契約上、株式の発行等について

・権利確定条件が付されており

・権利確定条件が達成された場合

・株式等の発行が行われる取引

 

②取締役等の報酬等として新株の発行を行う場合

 

・企業が取締役等から取得するサービスは

・サービスの取得に応じて費用計上する

・対応する金額は

・株式の発行等が行われるまでの間

・株主資本以外の項目に株式引受権として計上する

 

③取締役等の報酬等として自己株式を処分する場合

 

・前項と同様の処理を行う

 

6.開示

 

年度の財務諸表において、取引の内容、規模及びその変動状況の注記を行います。

 

会社補償契約及び役員等賠償責任保険契約~制度の概要と監査役監査

令和元年12月4日に「会社法の一部を改正する法律」(以下、改正法)が成立し、同月11日に公布されています。

令和元年会社法改正により、会社補償契約制度と役員等賠償責任保険(Directors and Officers Liability Insurance、以下、D&O保険)制度が新設されました。

 

1.会社補償及び役員等のために締結される保険契約

 

(1)会社補償

 

①会社補償とは

 

役員等の責任を追及する訴えが提起された場合等に、株式会社が費用や賠償金を補償することです。

 

・役員等が

・その職の執行に関し

・法令の規定に違反したことが疑われ又は責任の追及に係る請求を受けたこと

・それに対処するために支出する費用や

・第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失の全部または一部を

・株式会社が当該役員等に対して

・補償すること

 

②改正点

 

株式会社が会社補償を締結するために必要な手続規定や会社補償をすることができる費用等の範囲に関する規定が新たに設けられました。

 

(2)役員等のために締結される保険契約

 

①D&O保険とは

 

株式会社が役員等を被保険者とする会社役員賠償責任保険です。

 

②改正点

 

株式会社がD&O保険に加入するために必要な手続規定等が新たに設けられました。

 

2.監査役としての対応

 

(1)制度の理解

 

監査役・監査(等)委員(以下、監査役等)は、役員の一員ですので、自らが契約の当事者の立場から制度趣旨や内容を理解する必要があります。

 

(2)利益相反

 

両制度とも、役員の損害賠償責任との関連で、損害額や関連費用を会社が支払うものです。そのため、会社と役員との間において、利益相反的な一面を持っています。

 

監査役は、取締役の職務執行を監査することから、取締役の損害賠償の支払義務との関係で、両制度の手続きや具体的な事案で、その適用の是非を判断する場面がでてきます。

 

3.監査役監査における留意点

 

(1)契約当事者としての留意点

 

①内容の検討

 

監査役は役員であることから、補償契約及びD&O保険の直接の当事者となりますので、会社が導入しようとしている制度設計について、事前に関連部署から説明を受け、会社法で認められることになった防御費用や第三者への損害賠償の支払いによる損失関連の補償の対象となる具体的項目を検討しておくことが重要となります。

なお、補償契約制度やD&O保険契約制度は、令和元年改正会社法の施行日以降の契約締結でなければ有効ではありません。

 

②補償契約

 

補償契約はD&O保険と異なり、保険料として会社の外部への支出がある訳ではありませんので、職務を遂行する上で防御費用や損失への塡補として支出し得る項目を洗い出すことが重要です。この場合、D&O保険内容でカバーできる項目は補償の範囲から除外しても差し支えありません。

なお、補償契約の防御費用については、会社から支払いを受けるタイミングも契約内容に織り込んでおくべきです。

弁護士費用のように、それ相当の額の着手金を必要とする場合、自らが立て替えなくても、合理的な費用であれば会社が前払いできるようにしておくと利便性は高まることになります。

 

③D&O保険

 

D&O保険の場合は、会社法での規定を踏まえて保険が支払われる対象や要件、保険金が支払われる上限額、保険料等の詳細が会社と保険会社との間の交渉で決められます。

D&O保険の内容も取締役会の決議事項ですので、監査役としても、保険内容について内容を理解し、必要があれば取締役会において意見表明をすることになります。

 

(2)監査役監査における留意点

 

①取締役会等における手続き

 

監査役としては、補償契約とD&O保険が、株主総会または取締役会においてその内容が承認・決議されることなっていることを確認します。

取締役会設置会社の場合は、補償契約については、補償を受けた取締役は、補償についての重要な事実を取締役会に遅滞なく報告する必要があります。

補償契約に基づいた具体的な適用があった場合には、報告という手続上の瑕疵がないか監査役として監視し、取締役が失念している場合はその旨を指摘しなければなりません。

 

なお、この事後報告は、補償契約にのみ適用があり、D&O保険の場合には報告義務はありません。

 

②契約内容の確認

 

ア) D&O保険

 

D&O保険の場合は、保険金による塡補の範囲や金額は、あらかじめ締結された契約に基づいて支払われることになりますので、塡補される金額の多寡が恣意的に決定されることは基本的には考えられません。

 

利益相反の観点からも、会社が支払う保険料と保険金の支払いとの点において、保険料の金額の方が実際に支払われる保険金の額に比べて、相対的に低額であるため、利益相反の程度は大きくないといえます。

 

イ) 補償契約

 

補償契約の場合は、会社が取締役に補償として支出する金額は、そのまま取締役の経済的利益となりますので、利益相反の程度が強いといえます。

 

会社補償契約に基づき、実際に支払うことになったときには、防御費用であれば支払い金額が妥当であるか、第三者への支払いであれば、善意かつ無重過失の要件に合致しているかなどを、十分に監視・検証する必要があります。

 

また、監査役としては、補償契約を実際に適用する際の補償金額が大きい場合には、重要な業務執行の決定に該当するとして、取締役会付議事項とされているかを確認することが考えられます。

 

③開示

公開会社の場合、補償契約及びD&O保険は、ともに一定事項が事業報告の記載となりますので、監査役は事業報告の監査の観点からも、適正な記載となっているかを監査することになります。

 

令和元年会社法の一部を改正する法律~改正の経緯、改正の概要

1.改正検討の経緯

 

令和元年12月4日に会社法の一部を改正する法律(令和元年法律第70号)が成立し、同月11日に公布されました。

平成26年の会社法改正時に設けられた附則においては、「平成26年改正法の施行後2年を経過した場合において、企業統治に係る制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、社外取締役を置くことの義務付け等所要の措置を講ずるものとする」されていました。

 

また、平成26年の改正後にも、会社法の更なる見直しについて、法制審議会での調査・審議やパブリックコメントの聴取などを行い、その中で様々な指摘がされていました。
今回の改正は、これらの指摘等を踏まえ、会社をめぐる社会経済情勢の変化に鑑み、株主総会の運営及び取締役の職務の執行の一層の適正化等を図るため、会社法の一部を改正するものです。

 

2.会社法の一部を改正する法律の概要

 

(1)株主総会に関する規律の見直し

 

① 株主総会資料の電子提供制度の創設


株主総会資料をウェッブサイトに掲載し、株主に対してそのアドレス等を書面で通知する方法により、株主総会資料を株主に提供できる制度が新たに設けられます。

 

② 株主提案権の濫用的な行使を制限するための措置の整備


株主提案権の濫用的な行使を制限するため、株主が同一の株主総会において提案することができる議案の数を10までとする上限を新たに設けることとしています。

 

(2)取締役に関する規律の見直し

 

① 取締役の報酬に関する規律の見直し


報酬は、取締役に適切な職務執行のインセンティブを付与する手段となりうるものであり、これを適切に機能させ、その手続きを透明化する必要があるとして、以下の改正を行っています。

 

ア)上場会社等において、取締役の個人別の報酬の内容が株主総会で決定されない場合、取締役会は、その決定方針を定め、その概要等を開示しなければなりません。

 

イ)取締役の報酬として株式等を付与する場合の株主総会の決議事項に、株式等の数の上限を加えます。

 

ウ)上場会社が取締役の報酬として株式を発行する場合には、出資の履行を要しないことになります。

 

エ)事業報告における情報開示が充実されます。

 

② 会社補償に関する規律の整備

役員等の責任を追及する訴えが提起された場合に、 会社補償(株式会社が費用や賠償金を補償すること)をするために必要な手続き規定や保証をすることができる費用等の範囲に関する規定が新たに設けられます。

 

③ 役員等賠償責任保険契約に関する規律の整備

 

株式会社が役員等を被保険者とする会社役員賠償責任保険(D&O保険)に加入するために必要な手続規定等が新たに設けられます。

 

④ 業務執行の社外取締役への委託

 

株式会社と取締役との利益相反状況がある場合等において取締役会が社外取締役に委託した業務については、社外取締役がこれを執行したとしても、社外性を失わないものとなります。

 

⑤ 社外取締役を置くことの義務付け

上場会社等は社外取締役を置かなければならなくなります。

 

(3)社債の管理等に関する規律の見直し

 

① 社債の管理に関する規律の見直し


社債権者が自ら社債を管理することができる場合を対象として、社債管理補助者に社債の管理の補助を委託することができる制度を新設することとしています。

 

② 株式交付制度の創設

完全子会社とすることを予定していない場合であっても、株式会社が他の株式会社を子会社とするため、自社の株式を他の株式会社の株主に交付することができる制度が新設されます。

 

3.会社法の一部を改正する法律の施行日 

 

今回の改正は、公布の日(令和元年12月11日)から1年6月以内の政令で定める日から施行されることが予定されています。

ただし,株主総会資料の電子提供制度の創設等の一部の改正については、公布の日から3年6月以内の政令で定める日から施行されることが予定されています。

内部統制の3つのディフェンスライン全体でのCOSOの活用~基本前提、モデルの概要、経営者と取締役会の役割

1.はじめに

 

内部監査人協会は、2015年7月に「3つのディフェンスライン全体でのCOSOの活用」を公表しました

 

COSOの「内部統制の統合的フレームワーク」(以下、フレームワーク)は、組織が内部統制の運用を通じてリスクを有効に管理するために必要な構成要素、原則、要素を概説しています。

しかし、フレームワークは、概説している具体的な職務の責任をだれが負うかについてはほとんど述べていません。

 

「3つのディフェンスラインモデル」(以下、モデル)は、組織の規模や複雑性を問わず、リスクとコントロールに関する具体的な職務を組織内で割当て連携する方法を検討しています。

 

①取締役と経営者は、職務の役割と責任の決定的な違いを理解すべきである

②組織目的の達成可能性を高めるために役割と責任を最適に割り当てる方法を理解すべきである

 

2.3つのディフェンスラインモデル

 

(1)基本的前提

リスクとコントロールの有効な管理のためには上級経営者と取締役会の監督と指揮のもとで3つの別々のグループが必要だという考え方です。

 

①事業部門の責任者

 

②経営者が整備するリスク、コントロール、コンプライアンス機能

 

③内部監査

 

 

 

(2)3つのディフェンスラインの概要

 

①第1のディフェンスライン

 

 事業部門は、組織の目的を促進または抑制しうるリスクを生み出したり管理したりします。

第1のディフェンスラインはリスクを所有し、それらのリスクに対応するために管理するための組織を設計し遂行します。

 

②第2のディフェンスライン

 

 コントロールが有効に管理されていることを確実にするために、経営者を支援するために整備されます。

第2のディフェンスラインの機能は第1のディフェンスラインから分離されていますが、上級経営者の監督・指揮下にあります。

基本的には、リスク管理の多くの側面を担う経営や監督の機能です。

 

③第3のディフェンスライン

 

 上級経営者と取締役会に対して、第1と第2のディフェンスラインが行った業務に関するアシュアランスを提供するものです。

自らの客観性と組織上の独立性を守るために、経営機能を担うことは許されていません。

 

 

3.3つのディフェンスラインモデルにおける上級経営者と取締役会の役割

 

上級経営者と取締役会は、3つのディフェンスラインの一部ではありませんが、両者は、組織目的の設定、それらの目的達成のためのハイレベルな戦略の決定、リスクを最善に管理するためのガバナンス体制の構築に共同で責任を負っています。

 

「図3」で示されているように、上級経営者と取締役会は組織のトップの気風を確立する5つの原則によって支えられる組織の統制環境に一義的な責任を負っています。

 

 

(1)第1のディフェンスライン

リスクとコントロールを日常的に所有し管理する現業部門と間接部門の管理者が主として担当します。

 

 

(2)第2のディフェンスライン

第2のディフェンスラインは経営機能であり、通常、コントロールとリスクの継続的モニタリングの責任を負っています。

代表的な、第2のディフェンスラインの機能として、

情報セキュリティ、財務管理、品質、衛生・安全、検査、コンプライアンス、法務、環境などが挙げられます。

 

(3)第3のディフェンスライン

第3のディフェンスラインは内部監査です。

内部監査の役割は、特に、ガバナンス、リスクマネジメント、内部統制の有効性と効率性のアシュアランスを提供することにあります。

内部監査の他の2つのディフェンスラインとの違いは、高度の組織上の独立性と客観性になります。

 

 

4.3つのディフェンスラインの構築と連携

 

3つのディフェンスラインモデルは、意図的に柔軟に設計されています。各組織は、自らの業界、規模、業務体制、リスクマネジメントの対するアプローチに合った方法でこのモデルを整備することが求められています。

 

3つのディフェンスラインは、リスクを有効に管理して組織の目的達成を支援するという目的を持っています。

3つのディフェンスラインの目的は共通でも各ディフェンスラインは固有の役割と責任を負っています。

しかし、3つのディフェンスラインは縦割りで業務を行うべきではなく、リスク、コントロール、ガバナンスについて情報を共有し業務の連携を行うべきです。

情報の旧友と業務の連携は業務の全般的有効性に役立つものであり、各ディフェンスラインの主要機能を損なうものではありません。

 

(注)図は、「3つのディフェンスライン全体でのCOSOの活用」からの引用です。