「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」(以下、本報告書)が2020年9月30日に公表されました。
1.背景・問題意識
(1) 議論の対象
本報告書は、企業の競争力の源泉は人材であるとして、人材の「材」は「財」であるという認識の下、持続的な企業価値の向上と「人的資本(Human Capital)」について議論したものです。
(2) 持続的な企業価値向上の課題
持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠であるとしています。
企業や個人を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と、足下の人材及び人材戦略のギャップが大きくなってきています。
このギャップをどのような時間軸でいかに適合させていくかが、大きな経営課題となっています。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大及びこの対応により、こうした課題が一層、明確になってきています。
(3) 企業の人材戦略
企業の人材戦略は、経営戦略とのギャップを適合させ、新たなビジネスモデルや経営戦略の展開による持続的な企業価値の向上につなげていくことが求められます。
このためには、経営陣、特にCHRO (最高人事責任者:Chief Human Resource Officer)のイニシアティブで人材戦略を策定し、経営陣のコアメンバーが連携して戦略を実行することが必要になります。
経営陣のコアメンバーとは、下記の経営陣になります。
① CEO (最高経営責任者:Chief Executive Officer)
② CSO (最高経営戦略責任者:Chief Strategy Officer)
③ CHRO (最高人事責任者:Chief Human Resource Officer)
④ CFO (最高財務責任者:Chief Financial Officer)
⑤ CDO (最高デジタル責任者:Chief Digital Officer)
加えて、CHROは人材戦略を従業員や投資家に積極的に発信・対話する役割が重要となります。
また、こうした経営陣の取組を監督・モニタリングする取締役会の役割や経営陣と経営戦略や人材戦略について対話する投資家の役割も重要となります。
(4) 3P・5Fモデル
人材戦略は、産業や企業により異なりますが、俯瞰してみますと、共通する視点や要素を抽出することができます。
本報告書では、企業を越えて人材戦略に求められる3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素 (Common Factors)を3P・5Fモデルとして整理しています。
(5) 報告書の使用目的
本報告書は、人材戦略を策定し実行する経営陣及び経営陣を監督・モニタリングする取締役会にとっての羅針盤になるとともに、機関投資家のエンゲージメント活動の際にも参照されることが期待されます。
2.持続的な企業価値の向上と人的資本
足下の新型コロナウイルス感染症も含め、企業・個人を取り巻く環境が大きな変化に直面していることを踏まえ、今後のアクションの羅針盤となる変革の方向性を提示しています。
(1) 問題意識
① 新型コロナウイルス感染症への対応の中、働き方を含めた人材戦略の在り方が改めて問われています。
これは、第4次産業革命等による産業構造の急激な変化、少子高齢化、人生100年時代の到来等による個人のキャリア観の変化などの企業や個人を取り巻く環境への対応と本質的には同じ方向性です。
② こうした変化の中で、企業は様々な経営上の課題に直面しています。これらの課題は、人材面での課題と表裏一体であり、スピーディーな対応が不可欠とされています。
③ このため、各社がそれぞれ企業理念や存在意義 (パーパス)にまで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、人材戦略を変革させる必要があります。
(2) 変革の方向性
① 国内外の機関投資家も、持続的な企業価値向上のためにはESG要因を重視する流れとなっています。
その中でも、S (ソ-シャル)の重要性が再認識されています。
② 変化が激しい時代には、これまでの成功体験に囚われることなく、企業も個人も、変化に柔軟に対応し、想定外のショックへの強靱性(レジリエンス)を高めていく変革力が求められます。
「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」より抜粋
3.経営陣、取締役会、投資家が果たすべき役割
変革をリードする経営陣、経営陣を監督・モニタリングする取締役会や経営陣と対話を行う投資家について、それぞれが果たすことが期待される役割やアクションを整理しています。
(1) 経営陣が果たすべき役割・アクション
① 人材戦略の変革にあたっては、経営陣によるイニシアティブ、取締役会によるガバナンス、企業と投資家との対話の強化が重要です。
経営陣においては、企業理念や存在意義(パーパス)、経営戦略を明確化した上で、経営戦略と連動した人材戦略を策定・実行すべきです。
② 人材戦略の実行にあたっては、CHROの役割が重要であると同時に、経営トップ5C (CEO、CSO、CHRO、CFO、CDO)の連携が重要となります。
また、従業員・投資家に対し、人材戦略を積極的に発信し、対話することが求められます。
(2) 取締役会が果たすべき役割・アクション
① 取締役会においては、経営戦略の実現可能性という観点から経営戦略と連動した人材及び人材戦略が重要であること等を踏まえ、人材に関する議論を行うことが求められます。
② 取締役会においては、自社の人材戦略の方向性が経営戦略の方向性と連動しているかについて監督・モニタリングを行い、適切な方向に導くことが求められます。
(3) 投資家が果たすべき役割・アクション
投資家においては、中長期的な企業価値の向上につながる人材戦略について、企業からの発信・見える化を踏まえた対話や投資先の選定を行うことが求められます。
「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」より抜粋
(4)(参考)経営陣、取締役会、投資家の役割・アクション
経営陣が果たすべき役割・アクション
<企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化>
01.企業理念、企業の存在意義(パーパス)や経営戦略の明確化
02.経営戦略における達成すべき目標の明確化
<経営戦略と連動した人材戦略の策定•実行>
03.経営戦略上重要な人材アジェンダの特定
04.目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的なKPIの設定
05.現在の姿(As is)の把握、”As is – To beギャップ”の定量化
06.ギャップを埋め、企業価値の向上につながる人材戦略の策定•実行
< CHROの設置•選任、経営トップ5Cの密接な連携>
07.CEOとともに主導するCHROの設置・選任
08.経営トップ5Cの密接な連携
<従業員•投資家への積極的な発信•対話>
09.従業員への積極的な発信・対話
10.投資家への積極的な発信・対話
取締役会が果たすべき役割・アクション
<人材戦略に関する取締役会の役割の明確化
01.人材戦略に関する取締役会の役割の明確化
<人材戦略に関する監督•モニタリング>
02.経営陣が策定した人材戦略の承認、適切な実行の監督・モニタリング
- CxOサクセッション、経営戦略に不可欠な人材パイプラインの監督・モニタリング
04.人材戦略の実行プロセスで醸成される企業文化の監督・モニタリング
投資家が果たすべき役割・アクション
01.中長期視点からの建設的対話
02.企業価値向上につながる人材戦略の「見える化」を踏まえた対話、投資先の選定
4.人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素
経営陣が主導して策定・実行する人材戦略について、3つの視点(Perspectives)及び5つの共通要素(Common Factors)を、3P・5Fモデルとして整理しています。
(1) 3つの視点
人材戦略は経営戦略やビジネスモデルに応じて個社性がある一方で、下記の3つの視点から俯瞰することが可能です。
① 経営戦略と人材戦略の連動
② As is-To beギヤップの定量把握
③ 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着
(2) 5つの共通要素
また、人材戦略については、下記の5つの共通要素も存在します。
① 動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化
② 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
③ リスキル・学び直し
④ 従業員エンゲージメント
⑤ 時間や場所にとらわれない働き方
企業においては、こうした共通の要素に加え、自社の経営戦略上重要な人材アジェンダについて、経営戦略とのつながりを意識しながら、具体的な戦略・アクション・KPIを考えることが有効です。
「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~」より抜粋