1.パーパス(企業の存在意義)が注目されている理由
「パーパス(Purpose)」は、「目的、意図」と訳される言葉です。
近年では、経営戦略やブランディングのキーワードとして用いられることが多く、その場合は企業や組織、個人が何のために存在するのか、すなわち「存在意義」のことを意味します。
パーパスが注目されてきた理由としては、以下の点が考えられます。
(1)ビジネス・ラウンドテーブルの声明
米主要企業の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルは、2019年8月19日、「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言しました。
公表した声明には同団体の会長を務めるJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)のほか、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾスCEOやゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEOなど181人の経営トップが名を連ねました。
賛同企業は顧客や従業員、取引先、地域社会、株主といった全ての利害関係者の利益に配慮し、長期的な企業価値向上に取り組むとしています。
投資家の影響によって短期的視点にたった利益を追求する企業が増える中、社会やコミュニティー、そこで働く人々にとっての価値提供を企業経営の目的にすべきであるという宣言によって企業にとってのパーパスが世界で注目されることになりました。
企業のパーパスと利益は決して矛盾するものではなく、企業としてしっかりとしたパーパスを持っていることが、中長期の成長にとって不可欠となります。
(2)SDGsやESGなどの社会課題解決への関心
気候温暖化対応、SDGsが掲げた課題解決、ESG投資の高まりなど、株主の利益を中心に考えてきた株主中心主義から、これらの社会課題の解決に注力する企業が高い評価を得るようになってきました。
社会課題を解決することが、株主をはじめとする企業を取り巻くステークホルダーの利益にもなり、企業の中長期の成長に資するという考え方が広まっています。
(3)ミレニアル世代の存在
1980年代から2000年前後に生まれたミレニアル世代の存在も、行動原則の見直しにつながりました。ビジネス・ラウンドテーブルの声明に加わった米運用大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、投資先企業に送った年初の手紙の中で、ミレニアル世代の6割が「会社の主な目的を利益追求より社会貢献と考えている」と指摘し、経営者に対して社会問題の解決に取り組むよう求めました。
優秀な人材の獲得や投資マネーの取り込みで、同世代の影響力を無視できなくなっています。
2.「パーパス・ブランディング」と「パーパス」
(1)「パーパス・ブランディング」と「パーパス」との違い
①パーパス・ブランディング
企業経営をパーパス(存在意義)に基づいて行うべきであるというブランディング手法です。
「パーパス・ブランディング」は、企業経営の手段としてのワードです。
②パーパス
ミッション、ビジョン、バリュー、スピリット(クレド)等、企業理念ワードの新しいカテゴリーとしてのパーパスです。「パーパス」は、企業理念におけるワードです。
(2)ビジネスシーンでのパーパス
ビジネスシーンにおけるパーパスとは、社会とのつながりを強く意識し、社会における企業の存在意義を明確にするものです。
「社会において、企業が何のために存在し、何のために事業を展開するのか」を示すことです。
3.「パーパス・ブランディング」とは
(1)パーパス・ブランディングの定義
パーパスとは存在意義であり、人や企業が経済活動をする上で、自らが大事にする価値観と社会的課題の解決をリンクさせることで、経済活動に社会的意義の実現を果たしていくことです。
出典:BCG次の10年で勝つ経営 企業のパーパス(存在意義)に立ち還る。ボストンコンサルティンググループ編著 日本経済新聞出版
人と企業、両方の存在意義の接点をうまく重ね、働く人々の価値観に添いながら、事業を通じて社会課題の解決を図っていくことになります。
働く人々は自分の価値観にかなった仕事をしながら、組織として、より大きな成果や社会への影響力を及ぼすことができるため、いつまでもやりがいと誇りを維持できるというのがパーパス・ブランディングの考え方です。
パーパス・ブランディングにおいては、企業が「自分たちは何のために存在するのか」「社会のために何ができるか」という社会との関係性において、改めて自分たちの存在意義と向き合い、事業を通じて社会が抱える課題の解決に取り組むことが目的となります。
株主だけでなく、社会、従業員、顧客といった企業に関わる全てのステークホルダーの幸せを意識し、企業としてどのような持続可能な価値を提供すべきなのかを見つめ直し、自らの存在価値を再定義し、実際の企業経営に落とし込むところが求められています。
(2)パーパス・ブランディングの効果
「株主資本主義から、ステークホルダー主義への転換という社会的変化」に加え、「環境変化やグローバル化による人材の多様化、マーケットの流動化に伴う環境変化」の2つの変化の影響があります。
この2つの変化に対応するため、企業はパーパスを明確にすることと同時に、どんな環境下でもパーパスを実現する組織としての柔軟性が求められています。
出典:BCG次の10年で勝つ経営 企業のパーパス(存在意義)に立ち還る。ボストンコンサルティンググループ編著 日本経済新聞出版
複雑性が増す企業経営において、パーパス・ブランディングが果たす役割をビジネス領域、人事領域、組織領域の3つに分けて紹介していきます。
①ビジネス領域
ビジネス戦略においては、パーパスを起点にSDGsやESGなどの観点を取り入れ、本業のビジネスと社会課題解決をうまく融合させていくことが求められています。
自分たちが積み上げてきた経験や知見を活かせる分野と社会への影響力の大きさを見比べ、最も大きな社会インパクトを出せるビジネス領域がどこかを見極めていきます。
パーパスを実現するため独自の付加価値を磨き、社会への価値提供を続けていくストーリーは、企業の顧客にとっても大きなブランド価値になっていきます。
パーパスに合わせて、これまでのブランド体験にはない、新しい顧客体験なども創出させることができます。
②人事領域
人事領域においては、パーパスを起点にした採用・育成・ローテーションに関わる人材マネジメントポリシーの統合が必要とされています。
時代にふさわしいパーパスは、使命感に共鳴する人材を採用し、ビジョン実現に向けて組織を活性化させます。
現在では優秀な人材ほど金銭面のインセンティブではなく、志に従って行動すると言われています。
ルールで縛るのではなく、組織が掲げるパーパスに共感してもらうことで、初めてエンゲージメントを得ることができるのです。
③組織領域
従来の日本型である縦割り組織は、早く正確に情報を現場に伝えることで、同じものを大量に生産するには適していますが、部署間・会社間を横断することで人材やアイデアを交換するといった新しい発想を生み出すことは不得意と言われています。。
しかし、パーパスを起点にすることで、社会や顧客への提供価値に向き合うことができれば、組織の壁を超えたプロジェクト単位の有機的な組織体制に変化することができます。
パーパスによって、従来の生産効率性を追求した縦型の機能別組織から、社会や顧客への価値提供に対して最も効果的かつ、イノベーションが起こりやすい有機的組織への移行が実現します。
(3)パーパス・ブランディングと日本型経営
パーパスの考え方は欧米では珍しく、企業経営をする上での新しいコンセプトの一つのように取り上げられていますが、実は、昔から日本では程度の強弱の差こそあれ、この思想に基づいて企業経営がされていました。
現在は、日本型の思想を再評価し、企業としての良識や道徳といった慎ましい価値観として持っておくだけではなく、より経営に直結させ、企業を前に進めていく旗印にしていこうという流れが世界で起きています。
日本で働く人や組織自体が、そもそもの起業の精神や大事にしていたはずの価値観をいつの間にか忘れてしまっているため、パーパス・ブランディングを新しいコンセプトだと思ってしまっていると考えられます。
4.企業の理念体系における「パーパス」とは
このパーパスは、企業理念を構成するミッション、ビジョン、バリュー、クレドといった理念言語体系に関わるものです。つまり企業理念ワードとしての「パーパス」です。
前述したパーパス・ブランディングを行うために、企業理念体系にパーパスを加えるというイメージです。
(1)理念体系の定義
理念体系と各理念ワードの定義を最初に紹介します。
①ミッション
ミッション(Mission)は「使命」や「任務」と訳されることが多く、企業が果たすべき使命として定義されます。
パーパスと意味が共通する部分もあり、ミッションの中にパーパスを含有している企業も珍しくありません。
パーパスとミッションの違いとして、社会とのつながりを強く意識しているかどうかが挙げられます。パーパスは、ミッションよりも社会との関連性を意識し、将来なりたい姿ではなく現在あるべき姿を指す傾向があります。
②ビジョン
ビジョンとは、その企業がどこへむかっていくのか「あるべき」「ありたい」姿、目標や方向性を言葉にしたものです。
ビジョンを策定することで、企業やチー厶、個人が成し遂げたい目標・ゴールを具体的にします。
ビジョンを社員全員が把握しておくことで、何かを決定する際に企業の方向性から外れないようにすることができます。
ミッションと同じくビジョンについても、企業によっては、パーパスとしてのテーマを含有しています。
③バリュー
バリューとは、日々ミッションを遂行し、ビジョンを実現する過程で顧客やマーケットに提供する価値をいいます。ミッションやビジョンを受けての行動指針です。
ミッションやビジョンを実現するために必要な、企業や従業員のあるべき姿を具現化しています。企業が求める人材像や、ハイパフォーマーの条件として、バリューの合致が提示されることも少なくありません。
④クレド
クレドとは、「企業活動が拠り所とする価値観・行動規範を簡潔に表した言葉」のことで、ラテン語で「我は信じる」「信条」という意味を持ちます。
クレドは、社員一人ひとりが行動する際の「信条」や「行動指針」を指します。似たような言葉に「バリュー」がありますが、これは組織としての「共通の価値観」を意味し、クレドと同じように「行動指針」として利用されている会社も多くあります。
「クレド」は「ミッション・ビジョン」を支える価値観であるため、ミッション・ビジョンを達成するための指針になります。ミッション・ビジョン・クレドはそれぞれ連動しています。
(2)理念体系におけるパーパスの定義
理念体系において、パーパス以外のワードの定義を明確にしました。
従来の理念体系の中でパーパスがどのような役割を担うべきかについては、複数のパターンがあります。
①ミッションにパーパスの要素を入れる (ミッション→パーパス型)
企業理念体系にパーパスを取り入れるべきという主張の多くは、ミッションをパーパスに置き換える、もしくはミッションにパーパスの要素を取り入れるというものです。
現状では多くの企業が、自社のミッションに社会との接点がない自分たちの使命しか記載していないというのがその理由です。
すでにミッション=存在意義と定義しているため、パーパスに関する思想がすでにミッションに内包されている場合も多々あります。
そのような場合には、無理にミッションを変える必要はなく、パーパスとしてよりわかりやすい社会意義をミッションに加える程度でいいかと思います。
一方で、現状のミッションに全く社会との接点がなく、ある種独りよがりになってしまっている場合は、パーパスの要素を加えるべきです。
自社がミッションを遂行し、ビジョンを実現した際に、世の中の社会課題を解決し、より良い社会づくりに貢献するという自社の存在意義(パーパス)を加えていくことを考えながら追加するといいでしよう。
②ミッション・ビジョンをまとめてパーパスに置き換える(ミッション&ビジョン→パーパス型)
ミッションとビジョンの組み合わせで、使命•存在意義&ありたい姿を表現している場合は、ミッションとビジョンをあわせてパーパスにするケースも出てきます。
ミッション、ビジョンにどのような意味と役割を持たせているのかは、企業によって違いますので、一つひとつの理念ワードの役割をよく考えながら、理念体系の整理をしていきます。
③ミッション内にパーパスを組み込む考え方 「パーパス型ミッション」と「アイデンティティ型ミッション」
ミッション内にパーパスを組み込む考え方の参考として、株式会社BIOTOPE代表の佐宗氏が提案している2つのミッションの型「パーパス型ミッション」と「アイデンティティ型ミッション」という分類の仕方が、非常に参考になるのでご紹介させていただきます。
佐宗氏の理念体系はミッション・ビジョン・クレドで構成されていますが、ミッションとは理想と現状のギャップを埋めるものであり、そこには「自分たちは社会に何を働きかけたいのか」という社会に重点が置かれたものと、「自分たちは社会の中でどうありたいのか」と内面に重心を置かれたもの2つがあるとしています。
ⅰ)パーパス型ミッション
「我々は〇〇を欲す」と社会変革を志すミッションです。
組織が取る行動に主眼がおかれているので「Do」のミッションと言えます。ベンチヤー企業など新しい価値提供を通じて、社会変革を目指す21世紀型企業に多くなっています。
ⅱ)アイデンティティ型ミッション
「我々は〇〇であり続けるべき」と社会の中での文化創造や保全を目指すミッションです。
組織の状態そのものに主眼が置かれているので、「Be」のミッションといえます。伝統的大企業や老舗企業に多く、価値観や文化を大切にする20世紀型企業に多くなっています。
さらに、佐宗氏によると今後の企業は、創業者が描いた世界観に沿って忠実に活動する組織から、理念を起点にしながらも、一人ひとりが企業のパーパスを自分ごと化し、社会への価値提供アクションに変換していく、いわば“生きた存在意義”を世の中に伝播していく運動体であるべきだとしています。
出典:組織の「存在意義」をデザインする佐宗邦威著 DIAMOND 7\-バード•ビジネス•レビュー論文
5.パーパスの策定及び運用方法
どのようにパーパスを策定し、運用していくべきかを解説します。
(1)パーパスの条件
パーパスに必要な条件は、以下の5つです。
①現在の社会課題を解決するものか
パーパスに必要な条件は「現在の社会課題を解決するもの」であることです。
パーパスは 「将来どうあるべきか」という理想論よりも、現代社会において顕在化している課題にフォーカスします。
今まさに自分たちの身の回りに起きている課題に向き合うからこそ、ステークホルダーが自分ごととして捉えられ、共感と推進力を得られるのです。
②自社の利益につながるものか
企業は営利団体です。そのため、パーパスは単なる無償奉仕ではなく、企業の利益につながるものでなければなりません。
利益が出ない活動を続けると、企業の存続が困難になる上、投資家や従業員などのステークホルダーの離反を招くことになります。
短期的には利益につながらないとしても、長期的に見てブランドが浸透し、利益に寄与するパーパスを策定することが理想となります。
③自社が行うことに合理性があるか
パーパスでフォーカスする課題は、自社のビジネスに密接に結び付いている課題であるべきです。自社のビジネスとは全く関連性のない領域にフォーカスしたとしても、市場の理解が得られなかったり、長期的な利益に結び付かなかったりする可能性があるからです。
パーパス策定時には、「自社が行うことに対して合理性があるのか」という視点が必要です。
④自社が実現可能なことか
パーパスは、自社が実際に取り組めて、実現可能なことでなければ、掲げる意味がありません。あまりにも壮大過ぎるパーパスを掲げると、実現不可能であることが目に見えてしまい、ステークホルダーの共感を得ることはできません。
パーパスが夢物語にならないよう、「そのパーパスを策定することにより、実現できる未来を具体的に想像できるか」と考えることが重要です。
⑤従業員をモチベートさせ得るものか
パーパスは、従業員のモチベートにつながるものである必要があります。
魅力的な誇れるパーパスであることで、従業員一人ひとりが自分ごととして捉え、その企業で働く意義を見いだせるのです。
働く意義が明確になり、モチベーションが上がることで、ロイヤリティ(loyalty)やワークエンゲージメント、そして生産性の向上にもつながります。
「自分たちはどこに進むのか」を明確にするパーパスを掲げることが重要です。
(2)パーパス・ブランディングの実施
パーパス・ブランディングは、「パーパスを決めて終わり」ではありません。
企業全体に浸透させ、実際の活動に落とし込むために、事業活動としてプロジェクトを立ち上げて取り組むべきものです。
実態が伴わないパーパス・ブランディングは「パーパス・ウォッシュ」となる可能性があります。
パーパス・ウォッシュに陥ると、ステークホルダーからの信頼を失いかねず、一度失った信頼はなかなか取り戻せません。
パーパス・ブランディングで注意すべき「パーパス・ウォッシュ」
パーパス・ブランディングを行う際は、「パーパス・ウォッシュ」に陥らないよう注意する必要があります。
パーパス・ウォッシュとは、パーパスを掲げているけれど、実際には行動が伴っていないなど、見せかけだけの状態を意味します。
看板に偽りありの状態では、ステークホルダーからの信頼を失う可能性があります。
パーパス・ブランディングを推進する際には、「掲げるパーパスが正しい情報か」「パーパスが実際の取り組みとして落とし込まれているか」「メッセージだけではなく実態が伴っているか」などを確認することが必要です。
(3)パーパス・ブランディングの評価
パーパス・ブランディングの取り組みを実施した際は、内容を評価し、情報共有するべきです。
成果が出た場合は、社内外にレポートを共有することで、ステークホルダーのエンゲージメントを高められます。
評価を行うことは容易ではありませんが、行動の結果を共有することで、ステークホルダーに「パーパスの実現のため、取り組みをしっかり行っている」と理解してもらうことができます。
6.パーパス見直しの効果
パーパスを見直すことの効果は、企業のサステナビリティ向上に帰着します。
企業は、利益を追求するだけでなく、現代の社会課題にフォーカスして活動することで、従業員や社会、投資家といったステークホルダーから「信頼」と「共感」を得ることができます。
その結果、ブランドの認知向上やロイヤリティ(loyalty)の向上、ひいては利益の増加にもつながっていきます。
支援してくれるステークホルダーの数が多ければ多いほど、企業の持続的成長の可能性が高まります。
企業は、信頼と共感でつながる応援団員を増やすためにも、パーパスを明確にし、パーパスに基づいて社会課題に向き合い続けることが求められます。