役員向け株式交付信託に関する会計処理の論点 | 社外財務部長 原 一浩
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役員向け株式交付信託に関する会計処理の論点~インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告(公開草案)より

役員向け株式交付信託に関する会計処理の論点~インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告(公開草案)より

日本公認会計士協会(会計制度委員会)は平成30年12月14日付で会計制度委員会研究報告「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(公開草案)(以下「本公開草案」という。)を公表しました。

本公開草案は、このインセンティブ報酬の会計上の取扱いに関する現時点における考え方を取りまとめたもので、会計上の論点と会社法の関係、インセンティブ報酬に関する会計上の論点、スキーム別の会計処理上の論点等について考察がされています。

 

1.役員向け株式交付信託のスキームの概要

①役員向け株式交付信託の定義

役員向け株式交付信託とは、役員への企業価値向上のインセンティブ付与を目的として、自社の株式を受け取ることができる権利(受給権)を付与された役員に信託を通じて自社の株式を交付する株式報酬をいいます。

 

②法的手続の概要

役員向け株式交付信託は、株式の交付時期が役員在任時であるスキームと、役員退任時であるスキームがありますが、一般的に以下のような制度概要を有しています。

 

ア.株式交付規程の制定

企業は、株式交付規程を制定し、役位、在籍年数、業績達成度等に基づく役員へのポイント付与の基準を定めます。

 

イ.企業による金銭の信託

企業は、株式交付規程に基づく株式交付に必要と見込まれる株式総数の取得原資となる金銭を信託に拠出することで、一定の受益者要件を満たす役員を受益者とする信託を設定すします。

 

ウ. 信託による企業の株式取得

信託は、「イ.」で信託された金銭を原資として、企業の株式を株式市場を通じて又は企業の自己株式処分を引き受ける方法により取得します。

 

エ. 企業から役員へのポイントの付与

企業は、株式交付規程に基づき役員にポイントを付与します。

 

オ. 信託から役員に対する株式の交付

株式交付規程に基づく支給条件が成就し、受益者要件を満たした役員に対して、信託から役員へ企業の株式が交付されます。

 

なお、上述「イ.」の企業による金銭の拠出に際しては、役員向け株式交付信託の概要を示した上で、 信託への拠出金額について、役員の職務執行の対価として企業が付与する報酬等(会社法第361 条第1項)として株主総会決議を得ることが適切であるとされています。

 

2.税務上の取扱いの概要

①2016年(平成28年)度税制改正における取扱い

2016年(平成28年)度税制改正において、役員向け株式交付信託のうち、役員在任中に株式を交付するスキームは、損金算入が困難であると考えられていました。

なお、役員退任時に株式を交付するスキームは、法人が役員に支給する退職金で適正な額のものは、損金に算入されます。

 

②2017年(平成29年)度税制改正後の取扱い

ア.在任時交付型

2017年(平成29年)度税制改正において、交付する株式数が役員による役務提供期間以外の法人の業績を示す指標を基礎として算定される業績連動給与 (法人税法第34条第5項)に該当するものについては、法人税法第34条第1項第3号の要件を満たす場合に損金算入が認められることとなりました。

また、事前確定届出給与(法人税法第34条第1項第2号)として適格株式を交付する役員給与に該当するものについても、損金算入が認められます。

2017年(平成29年)4月1日以後に導入の決議が行われるものについては、一定の要件を満たす場合に損金算入が認められることとなります。

 

イ.退任時交付型

退職給与に相当するものは、2017年(平成29年)9月30日までに導入の決議をしたものは、2016年(平成28年)度税制改正に基づき損金算入が認められます。

2017年(平成29年)10月1日以後に導入の決議が行われるもののうち、交付する株式数が役員による役務提供期間以外の法人の業績を示す指標を基礎として算定される業績連動給与(法人税法第34条第5項)に該当するものは、法人税法第34条第1項第3号の要件を満たす場合に限り、損金算入が認められ、業績連動給与に該当しないものは、2016年(平成28年)度税制改正と同様の取扱いとなります。

 

3.会計処理上の論点

① 基本的な会計処理の考え方

役員向け株式交付信託は役員等へのインセンティブ報酬を目的とする点において、従業員への福利厚生を目的とする株式給付型の従業員向け株式交付信託と異なりますが、その他の点では、両者のスキーム概要は類似しています。

役員向け株式交付信託については、そのスキームの内容に応じて、実務対応報告第30号の定めを参考にすることが考えられます(実務対応報告第30号第26項)。

なお、実務対応報告第30号の延長線上としてではなく、ストック・オプション会計や、他の事後交付型スキームのあるべき会計処理との整合性という観点では、費用計上額の相手勘定は引当金ではなく純資産ということになりますが、この点は、会計基準のみならず、会社法上の取扱いについても改正が必要となってくるものと考えられるとしています。

 

② 業績等条件が付されているケースでの割当て等に関する会計処理

役員向け株式交付信託は、業績連動型報酬として、一定の業績を達成しないとポイントを付与しない等、ストック・オプション会計基準にいうところの「業績条件」(業績等条件)が付されるケースがあります。

業績等条件は、信託期間に対応する企業の中期経営計画等の売上高、利益等の達成率や、信託期間に対応する一定期間経過後の企業の株価等による業績指標の達成率に応じて、役員等に割り当てられるポイントを段階的に設定する場合等があります。

業績等条件を満たすか否かが未確定の間は、業績等条件が満たされる部分を各期末日 (四半期決算日を含む。)に見積もって引当金の計上を行うことになるものと考えられます。

 

③ 信託終了時に信託に残存する自己株式の取扱い

役員向け株式交付信託においては、信託終了時に信託に残存する自社の株式については、全て企業が無償で取得し、取締役会決議により消却することを予定していることが多いようです。

これは、 業績未達成であるにもかかわらず、対象となる取締役に業績未達成部分の株式を交付することは業績連動報酬の趣旨に反するための措置であり、信託終了時に信託において株式の売却等により生じた余剰金を企業に帰属させることを目的としたものではないと考えられます。

この場合、企業は無償で取得した自己株式を株式数のみ増加させ、その消却時に株式数を減少させることになります。

 

信託では、企業に株式を無償譲渡することによる株式譲渡損が生じますが、総額法の適用により、当該譲渡損をどのように取り扱うかが論点となります。

実務対応報告第30号において、必ずしも会社と信託を一体と捉えている訳ではないことと整合的に考えれば、企業は決算時に当該株式譲渡損を取り込み、企業の損益計算書上、費用計上されるのではないかと考えられます。

なお、これらの会計処理は、一般的な事後交付型の自社株型報酬における会計処理と相違が生じている可能性があります。

この点、確かに信託を用いている特殊性(信託が市場から自社の株式を取得し、法的に自己株式ではないものを役員に交付する仕組みとなっている点を含む。)に起因するものではあるものの、事後交付型自社株型報酬制度全体の整合性を図る観点からは、会計処理における検討とともに、会社法上も信託を会社と一体とみて自己株式(自社の株式)に係る規定が適用できるような改正が可能かどうかに係る検討が行われる必要があるものと考えられるとしています。

 

また、役員向け株式交付信託において、その終了時に、信託に残存する自社の株式について、企業が無償取得するのではなく、当該株式を換金して、第三者へと寄付するようなスキームとなっているケースもあります。このような場合、従業員向けのスキームにおける従業員への分配と類似してはいるものの、労働等サービスの提供に対応して金銭が交付されるものではありません。

このため、信託で計上した株式売却損益を総額法においても損益で認識するとともに、売却価額と同額の費用(寄付金)を計上することになると考えられるとしています。

 

4.信託等の事業体を用いるスキームの場合の連結上の取扱い

実務対応報告第30号第4項の取引を実施する企業は、信託について子会社等に該当するか否かの判定を要せず、個別財務諸表における総額法の処理は、連結財務諸表作成上、そのまま引き継ぐものとされていることから、役員向け株式交付信託について実務対応報告第30号に基づく会計処理を行う場合、 同様の取扱いになると考えられます。

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