2020年7月に日本公認会計士協会社外役員会計士協議会から「公認会計士社外監査役等の手引き」が公表されました。
平時の経営モニタリングに有益と思われる視点について順を追って記載しています。
1.信頼の原則
監査役は独任制ですが、全ての情報を自ら収集して分析・検討しなくてはならないかというと、決してそのようなことはなく、他者による情報収集・分析を信頼して業務を遂行すれば原則として足りますし、その方が効率的です。
監査(等)委員においても同様です。公認会計士に求められる職業的懐疑心を発揮しつつ、業務を遂行します。
2.正当な注意
社外監査役等の実務において「知り過ぎてしまうリスク」を指摘されることがありますが、監査役等が、コンプライアンスや内部統制上の問題について、知らなければ対応しようがないので免責されるというものではなく、監査論でいうところの「正当な注意」を払って監査活動を行わなければなりません。
3.コミュニケーションの大切さ
社外監査役等は平時から適切なコミュニケーションを行い、悪い情報の報告も受けられて、相談してもらえるような信頼関係を作るように心がけることが肝要です。
4.取締役会への視点
「コーポレートガバナンス・コード」(東京証券取引所)第4章において、取締役会の役割・責任が示されています。
取締役会の議題や審議の在り方、実効性確保について、社外役員会計士協議会におけるアンケート結果に触れながら記載しています。
(1)議論の活性化のために必要なこと
アンケートの回答ほぼ全てにおいて、議長の采配が重要であると指摘されていました。
議長の采配の違いは、会社によって取締役会の在り方や社外役員への期待が少しずつ異なることにも起因します。
このため、社外監査役等においては、自らの職責を果たすことを前提としながらも、状況を的確に判断して関わることが望まれます。
(2)社外監査役等による発言の内容について
取締役会における社外役員の発言には、幾つかの型があると考えられます。
・ 実態又は不明点(議論の前提への疑問を含む。)を確認するための質問
・ 問題点の指摘
・ 改善提案
・ 他社の取組の紹介
より適切な発言を行うためには、
①会社の経営方針や戦略への理解、業界に関する基本的な知識
②議題の内容を事前に十分に理解
の必要があるということが改めて強調されるとともに、社外役員が現場(国内・海外)往査に行くことの意義も指摘されました。
さらには、社外役員が行い得る重要な貢献として、社内役員が発言しづらいことを発言し、問題提起することが挙げられます。
5.資本効率への視点
社外監査役等に有益と思われる、資本効率の指標及びそれと対比すべき資本コストへの視点を記載します。
(1)ROE の活用と性質
ROE(株主資本利益率)を使った経営上の議論をモニタリングするためには、ROE への理解を深めておく必要があります。
日本企業の ROE が相対的に低いのは、売上高利益率が低いことが主たる要因であることが知られています。
(2)ROE に対応させる資本コスト
ROE に対応させるべき資本コストは、株主資本コストです。
株主資本コストというのは、企業側のコスト意識を表すための概念であり、金利や配当のように誰が見ても明らかな数値とは違って、何らかの方法で推計することになります。
株主資本コストを推計する方法としては、実務では資本資産評価モデル(CAPM:キャップエム) が広く使われています。
(3)資本効率にかかる ROE 以外の指標について
企業と投資家との対話において ROE は極めて重要な指標であるとしても、他の指標が有益な場面もあります。
①ROA
ROA(総資産利益率)を用いる目的は、企業の資産全体に対する資本効率を表すことにあります。
ROA に対応させる資本コストには、便宜的に WACC(加重平均資本コスト)が用いられることがあります。
②ROIC
ROIC(投下資本利益率)を用いるメリットは、ROIC が有利子負債と株主資本による調達から得られたリターンを表す指標であるため、資本コスト(代表的な指標は WACC)との正確な比較が可能になることです。
その結果、投資効率に問題のある低収益事業が明確になりやすくなります。
(4)資本効率の指標を使う経営上の利点
投資効率を意識することによって、バランスシートも併せてモニタリングすることができます。
不採算事業や遊休資産、政策保有株式などが検討の対象になりやすくなります。
(5)資本効率の指標を使う上での留意点
資本効率の数字は中長期の視点で捉える必要があります。
資本効率は万能の指標ではなく、他の要素も併せて考慮すべき場合があります。
①新規の成長事業は資本効率が低いことがあります。
資本効率は、単年度の数値だけ見ていると、成熟した事業ばかりが評価されやすくなるなど、判断を誤ることがあります。
②企業の強みとなるものは手放すべきではないことがあります。
資産をスリム化していけば、資本効率は上がりますが、その資産を本当に手放してよいのかも考慮する必要があります。
6.経営指標
CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)や EBITDAなどの財務数値から導かれる様々な経営指標を経営モニタリングに活用する余地は、非常に大きいと考えられます。